表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
R15版。暴力・性的ニュアンスありバージョン

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

312/372

第172話 宴(教師陣視点) ~酔わせる苦さ~ 後編

2/3

 


 盃を片手に、彼はまだ『職務中』だった。

 宴の喧騒から少し離れた場所。

 仄暗い通路の端に設置された中継器の前。


 酔いの回った足取りで、彼は機器のランプを確認し、軽く端末を叩いた。


 通信は、沈黙していた。

 受信は、ないに等しい。


 だが——『ないに等しい』は、『ない』とは違う。


 ログの片隅に、奇妙な断片が浮かんでいた。

 まるで、井戸の底から泡が一つ、また一つと浮かび上がるように。


 ノイズ混じりの信号。

 送信されなかったデータ。

 受信されることなく、ただ『待機』している何か。


 内容までは覗けない。

 文字化けしたコードの断片が、画面の端で瞬いては消える。


 それでも——彼の背筋を、一瞬だけ冷たいものが撫でた。


「……気のせいだ」


 そう呟いて、彼は端末の蓋を閉じた。

 背を向け、宴の明かりの方へと歩き出す。


 手にしたボトルを、ぐいとあおる。

 喉を焼く液体の熱が、さっきの違和感を押し流していく。


 背後の中継器が、かすかに“ピッ”と鳴った。


 誰も、それを聞いていなかった。


 ◇


 宴の片隅。

 女教師は、スマホの画面をじっと見つめていた。

 そこに映るのは、ダンジョンを進む生徒たちの、少し前の映像。


 その中の一人。

 緊張で引きつりながらも、前を向いて歩く男子生徒の姿に、彼女は目を細めた。


「きっと、心にも体にも浅くはない痛みを残して帰ってくるわね」


 囁くように呟いた声は、どこか甘く、どこか冷たい。

 まるで、怯える小動物を撫でるような優しさ。

 けれどその手は、檻の鍵でもあった。


「どう慰めてあげようかしら」


 その言葉には、慈しみのような響きと、観察者のような距離感が同居していた。


 癒すというより、導く。

 導くというより、仕上げる。

 仕上げるというより、支配する。


 そんな『手入れ』のような響き。


 彼女の口元が、ゆっくりと歪む。

 笑っているのか、ほくそ笑んでいるのか、判別のつかない表情。


「おい、少しは隠せ。よだれを垂らしそうな顔になっているぞ」


 隣から声が飛ぶ。

 男性教師が苦笑しながら、グラスを押し付けてきた。


 女教師は不満そうに眉をひそめたが、すぐに『優雅な仮面』をかぶりなおす。

 グラスを受け取り、涼やかな仕草で酒を口に含む。


 その目は、もう一度スマホの画面へと戻っていた。


「……あの子、どこまで形を整えてあげられるかしらね」


 その声は、誰にも聞こえないように、泡のように消えていった。


 宴の片隅。

 女教師は静かに笑っていた。

 グラスの中で揺れる琥珀色の液体を見つめながら、彼女の思考は遠く、校舎の奥へと沈んでいく。


 彼女の家には、記憶が積もっていた。


 几帳面に書かれたノート。

 丁寧に畳まれた制服。

 決して破られることのない誓約書のコピー。


 それらはすべて、 かつて彼女の『指導』を受けた生徒たちの痕跡。


 彼らは、よく言うことを聞いた。

 目を伏せ、声を潜め、彼女の言葉に頷いた。

 まるで、彼女の望む通りに動く人形のように。


「教育って、素晴らしいわよね」


 誰にともなく呟いたその声は、静かで、少し寂しげだった。

 けれど、その奥には、確かな熱があった。


 彼女にとって『教える』とは、『整える』ことだった。


 心を削り、形を揃え、余計な感情を削ぎ落とす。

 そうして初めて、『完成』に近づく。


 尊敬は、従順の種。

 信頼は、支配の鎖。

 依存は、育成の果実。


 アルコールが喉を通り過ぎるたび、 胸の奥に達成感が灯る。

 それは酔いのせいではない。


 彼女の中にある、静かな高揚。

 誰かの未来を、自分の手で『整えて』いく充足感。


「……あの子も、きっと素直になるわ」


 スマホの画面に映る生徒の顔を見つめながら、彼女は静かに微笑んだ。


 その笑みは、優しさの仮面を被っていた。

 けれど、仮面の下では、支配の悦びが、じわじわと滲み出していた。



評価いただけると続編を書く意欲に直結します


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ