第170話 妖怪制作 ~女郎蜘蛛(真梨華)~ 後編
3/3
◇完成(女郎蜘蛛・真梨華)◇
私は、ほどけた。
肉も、心も、名も。
けれど、愛だけが残った。
それは、糸になった。
細く、長く、しなやかに。
絡めて、縛って、溺れさせるために。
私の髪は、夜の闇。
私の瞳は、獲物を射抜く鏡。
私の声は、甘く湿った毒。
この体は、あなたのために整えられた。
艶やかに。
妖しく。
完璧に。
私は、あなたの『幸福』。
あなたの『罠』。
あなたの『地獄』。
命じて。
私を使って。
私を望んで。
私を壊して。
そして、また直して。
私は、あなたの『悦び』でありたい。
八本の脚で、舞い踊る。
糸を張り、心を縛り、愛を餌にして、魂を喰らう。
それが、私の『生』。
それが、私の『愛』。
それが、私の『女』のかたち。
私は、あなたの『女郎蜘蛛』。
逃げられない。
抗えない。
忘れられない。
この糸は、誓い。
この毒は、口づけ。
この姿は、あなたの欲望が生んだ、私の真実。
だから、もう一度言わせて。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
——さあ、私の糸に堕ちて。
◇
変化の終わった真梨華——いや、『夜羽まゆり』を見て、カルマは思わず笑みを引きつらせた。
そこに立っていたのは、人か、妖か、女か、怪物か。
艶やかな黒髪は、腰まで流れ、その一房一房が、まるで生きた糸のように揺れていた。
瞳は深紅。
濡れたように潤み、見る者の心を覗き込むような艶を帯びている。
まるで、愛と死を同時に囁くような眼差し。
唇は薄紅に染まり、微笑むたびに、甘い毒を含んだような艶が走る。
その口元から漏れる吐息は、熱ではなく、痺れをもたらす香気。
衣装は、かつての制服の名残をわずかに残しながらも、蜘蛛の糸で編まれた漆黒のドレスへと変貌していた。
布の隙間から覗く肌は、白磁のように滑らかで、どこか冷たく、どこか熱い。
背中からは、透き通るような蜘蛛の脚が八本、しなやかに、艶やかに、空気を撫でていた。
その姿は、戦うための武器ではなく、誘惑するための舞台衣装。
「……カルマ様」
夜羽まゆりが、ゆっくりと歩み寄る。
その一歩ごとに、糸が床に滴り、空気が甘く、重く、絡みついていく。
「ご命令を。この身、この毒、この愛、すべて、あなたのために」
その声は、囁きのように柔らかく、耳元で触れるように甘い。
カルマは、思わず目を逸らした。
彼女の美しさが、あまりにも『完成されすぎていた』から。
「……やっぱり、ちょっとやりすぎたかもね」
「おはよう、世界。誰から絡めとってあげようかしら?」
目を開けた瞬間、舞台の幕が上がった。
『夜羽まゆり』は、 艶やかに、妖しく、そして堂々と起き上がる。
「命令を。欲望を。罰でもいいわ。私を使って、壊して、愛して」
両腕を広げて訴える姿は、 舞台女優のような華やかさと、毒を含んだ甘さが混ざり合っていた。
右肩の蜘蛛が、同じ仕草で腕を広げる。
右足をピンと上げ、命令を待つ姿勢。
忠実な従者であり、彼女の一部。
「ふふ……ねえ、誰か私を見て。私に溺れて。私に食べられて」
体をくねらせ、品を作る。
視線を絡め取る動きは、計算された誘惑。
左肩の蜘蛛が、くねくねと糸を出しながら、誘惑のリズムを刻む。
一人と二匹は、セットだった。
三つの人格。
三つの欲望。
三つの愛。
時折、入れ替わる。
「私は『夜羽まゆり』。魂はあなたに焦がれ、欲望はあなたを喰らい、愛はあなたに縛られる。──さあ、始めましょう?」
そのセリフは、舞台の中心に立つ者の確信。
ダンサーのような身のこなし。
女らしいラインを、二匹の蜘蛛が這う。
それは、まるで『愛の証』のように。
「……いえ、これはカルマ様の演出を超えて、本人の意思が介入した結果です。むしろ、この程度で済んだなら良いほうですよ」
しらゆきバージョンの友梨先輩が、制服をそっと着せながら答えた。
丁寧に、しかし有無を言わさず蜘蛛を追い払う。
いつの間にか、配下の妖怪たちが全員集まっていた。
『サブマスター』の誕生。
それは、儀式であり、祝福であり、警戒でもあった。
「そうなのか」
カルマは、冷静に切り替える。
セクシーになりすぎたとはいえ、制服を着せれば、『戦場の女』としての輪郭が整う。
「使えるやつであることは確信を持っている。活躍に期待するよ」
「仰せのままに。我が主に勝利を」
片膝をついたまゆりの頭を、カルマが優しく撫でた。
その手は、支配者の手であり、かつての仲間への慰めでもあった。
「明日は、朝から『復路』になる。どんな場面に出くわすか、楽しもう」
時は、深夜に入ろうとしていた。
濃密な一日が、静かに幕を閉じる。
妖怪たちは、無言で一礼し、カルマを見送った。
人間のカルマには眠りが必要。
だが、妖怪となった彼女たちに、眠る理由は、もうない。
評価いただけると続編を書く意欲に直結します




