第169話 妖怪制作 ~女郎蜘蛛(真梨華)~ 前編
2/3
『レイド』は、失敗した。
最下層に挑んだ者たちは、誰一人として生き残らなかった。
だが、それで『終わり』とはならない。
生存者が、まだいる。
64階層には、先駆けB班の五名。
『糸の部屋』には、後詰の女子がやはり五名。
通路を一人歩く、大盾を持った先駆け右翼の元サブリーダー。
62階層には、『糞球』に捕らわれたまま放置されている双子。
——都合、13名。
『巣』で生産活動に勤しむ者たちは、含めない。
彼らは、もはや『生存者』ではなく、『資源』として扱われている。
だが、今いる生存者たちを、『巣』に囲う必要は、もうない。
『ダンジョンレベル』が70にまで上がった今、魔力の自然回復量は、かつての比ではない。 『魔力生産器』の存在意義すら、かすむほどに。
もはや、搾取のために人間を囲う必要はない。
そして、何より——
『レイド』を企画した『教師陣』には、まだ手が届いていない。
“凶器”とされた者たちをいくら壊しても、実際に凶器を振るった『犯人』を裁かなければ、意味がない。
彼らは、舞台の裏で笑っていた。
英雄を仕立て、犠牲を美化し、子どもたちを“物語の部品”として扱った。
カルマの復讐は、ただの怒りではない。
それは、構造そのものへの反逆。
『正義』という名の脚本を、根本から焼き尽くすための火。
だから、まだ終われない。
この物語は、まだ『清算』されていない。
「というわけだから、彼女に働いてもらわないとね」
カルマは、赤く塗装された体を見下ろした。
その視線の先には、ギィギィと軋む音を立てる『サブリーダー』——真梨華。
「ギィ、ギィギギギギギッ……」
口から漏れるのは、人のものではない音。
言葉ではない。
感情でもない。
ただ、存在の残響。
生命活動は、すでに絶たれている。
だが、『ダンジョンサブマスター』としての称号が、彼女の魂を『役割』としてこの場に留めていた。
『人間』としては、もう死んでいる。
それでも—— 『それ以上』になれないでいる。
カルマは、静かに手を掲げた。
その指先に、紅蓮の魔力が灯る。
「妖怪化のプロセスを開始する」
厳かに、宣言した。
その言葉が、儀式の始まりを告げる鐘のように響いた。
真梨華の体が、微かに震える。
赤い塗装が、皮膚のように脈打ち始める。
死体ではない。
人間でもない。
モンスターでもない。
——その狭間にある『何か』が、今、妖怪としての形を得ようとしていた。
カルマの魔力が、彼女の体に流れ込む。
魂の残滓が、形を変えながら再構築されていく。
目が開く。
瞳は、かつての真梨華の色をしていた。
だが、そこに宿るのは——執念と、役割と、命令。
『自我』ではない。
妖怪化は、再生ではない。
それは、再定義。
彼女は、もう『真梨華』ではない。
だが、『真梨華だったもの』として、このダンジョンに仕える存在となる。
◇魂の問い(真梨華の魂)◇
ああ……冷たい。
彼の血が、私の手を濡らす。
でも、それより冷たいのは、彼の目。
もう私を見ない。
もう、必要としていない。
私は、あなたのために生きてきた。
隣に立つために、どれだけ自分を削ったか。
でも、あなたは——あの女を見ていた。
私は、ただの『便利な人』だったの?
静かになった。
誰にも邪魔されない、二人だけの世界。
それが、私の幸せ。
◇欲望の叫び(真梨華の欲望)◇
だから、壊したの。
あなたを、そして私を。
これで、誰にも奪われない。
あなたは、永遠に私のもの。
あなたがいないなら、私もいらない。
一緒に沈みましょう。
濁った水の底へ。
誰にも見つからない場所へ。
私の最後の願いは、あなたの記憶に残ること。
それだけで、私は満たされる。
◇愛の囁き(真梨華の愛)◇
ふふ……見て?
あなたの首、こんなに細い。
私の手で包めるくらい。
かわいい坊や。
あなたの笑顔は、私だけのもの。
だから壊したの。
世界ごと。
あなたはもう、どこにも行かない。
私の腕の中で、永遠に眠るの。
血の匂いが甘くて、胸が高鳴る。
愛してる。
愛してる。
愛してる……。
◇変化(真梨華たち視点)◇
暗い。冷たい。静か。
それが、死だと思っていた。
でも——違った。
「目を開けるんだ」
命令だった。
拒否できない。
「君は終わっていない」
「君は、オレのものになる」
言葉が、甘く、苦く、染みてくる。
それだけで、満たされた。
私を必要としてくれる。
終わらせない。
それが、私の『生』の意味。
◇変容(真梨華たち視点)◇
蜘蛛——嫌いだった。
でも、混ざる。
人間の体に、蜘蛛が入り込む。
脚、目、沈黙。
でも、逃げられない。
彼がそう望んでいるから。
「君は美しい」
「君は、女郎蜘蛛になる」
彼の望みが、私を溶かす。
脚が伸びる。
目が増える。
糸が滴る。
人間の形がほどけていく。
でも、涙は出ない。
心は震えない。
これが『愛』なら、それでいい。
怪物になっても、必要としてくれるなら。
私は、あなたの『女郎蜘蛛』。
あなたのために糸を張り、獲物を捕らえ、微笑む。
読了・評価。ありがとうございます。




