第166話 最後の10人 ~終焉へ~
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リーダーは、その姿を見ていた。
そして、悟った。
自分の中の『演説』が、もう誰にも届かないことを。
夢を、現実が塗りつぶしている。
名前だけの『英雄』となるはずだったカルマは、生きていて、目の前にいる。
何より、実質的な『英雄』として凱旋するはずだった自分は、打ちひしがれている。
もう、何もかもが届かない。
(ああ、そうか。現実的じゃないから、あの原稿は書けなかったんだ)
何度書き直しても、しっくりこなかった。
頭を悩ませた夜が、思い出される。
事実ではなく、虚言だったから。
真実ではなく、ただの願望……野望だったから。
元が歪んでいるものを、どうにかまっすぐにしようとしていた。
『徒労』とは、こういう時に使うのか。
英雄になれると思っていた。
犠牲の上に、雄々しく立ち上がる『英雄』。
だけど——
リーダーは、わずかに口を歪めた。
思い出す。
『犠牲を出させない、傷だらけの英雄』。
それこそが、真に彼が夢見ていた『英雄像』だった。
夢を諦めた『大人』の言葉に、耳を傾けすぎたのだ。
でも——
それを認めるわけにはいかない。
認めた瞬間、自分が『誰かの犠牲を選んだ人間』になるから。
だから、剣を握る。
だから、口を閉ざす。
だから、まだ『英雄』を演じ続ける。
◇レイドの終焉◇
「お、おまえ! な、仲間を?!」
殺したのか?!
そう責めたいのだろう。
けれど、その言葉に込められた怒りは、どこか空虚だった。
ようやく、自我を取り戻したリーダーが、『再起動することにした』自分を奮い立たせるように、声を荒げた。
だが——
「先に殺しにかかったのは、そっちだろ?」
カルマは、静かに首を振った。
その動きは、拒絶というより、呆れに近かった。
「人を爆弾として使っておいて、被害者ぶるのはやめてくれ」
「ふ、復讐だとでもいうつもりか?!」
「それ以外あるか?」
カルマの声は、静かで、冷たい。
だが、その奥には、燃え尽きた怒りの残り火が、確かに揺れていた。
『ダンジョンマスター』としての職務もある。
だが、今ここに立つ彼の心を支えているのは、それ以上に、『復讐』という名の答えだった。
「た、多数の必要は……」
「少数の必要に勝る? その言葉、オレも好きだからよく知ってるけど——無断で切り捨てられる身としては、頷けないよね」
カルマの瞳が、リーダーを射抜く。
その視線は、一切の揺らぎを許さない。
「正直、他人の命なんて、いくつあっても気にならないよ。おまえらだって、そうだろ?」
——そう。
カルマは、自分を捨てて、仲間のために働いてきた。
罵倒されても、役立たずと呼ばれても、それでも、支えることを選んできた。
その『礼』が、爆弾としての死。
納得できるはずがない。
もしかしたら、事前に説明されて、頭を下げられていたら——納得してしまえたかもしれない。
でも、何の相談もなく、ただ『素材』として処理された。
恨むなというほうが、無理だ。
せめてあの時、魔力の返還に乗せて、誰か一人でいい。
「ごめんね」「ありがとう」「さようなら」
どれか一言でも、言葉をくれていたら。
——そうすれば、カルマは『復讐』を選ばなかったかもしれない。
ただの『ダンジョン経営者』として、誰の命も奪わず、追い返すだけの存在でいられたかもしれない。
でも、その可能性を、彼ら自身が否定した。
『復讐』は、カルマが望んだものではない。
彼らの選択が導いた、唯一の答えだった。
あの時、誰かが名前を呼んでくれていたら——その可能性は、確かにあった。
カルマの脳裏に、妖怪たちの姿が浮かぶ。
彼女たちなら、たとえ素直な言葉でなくても、何かを伝えてくれたかもしれない。
でも、彼女たちの選択は——『沈黙』だった。
沈黙。
あれは拒絶じゃないと、信じたかった。
でも、信じる理由が、もうなかった。
いや、それは——『終わってから』だ。
カルマは、ふと目を伏せた。
そして、静かに顔を上げる。
リーダーたちを見据えるその瞳には、もう迷いはなかった。
終わらせる覚悟。
それだけが、彼の中に、確かに残っていた。
「クソがッ!!」
議論は、もはや平行線。
言葉は届かない。
ならば——と、リーダーは剣を握り直した。
怒りと後悔を刃に変えて、カルマへと躍りかかろうとする。
だが——
「いいのかな? 一人にして?」
カルマが、ふと一葉に視線を向けた。
その声は、からかうようでいて、鋭く突き刺さる。
「?!」
リーダーの足が止まる。
反射的に振り返る。
その視線が、一葉の瞳とぶつかる。
一葉の瞳が、揺れていた。
まるで、自分が『人質』になったことを、今、ようやく理解したかのように。
そして——リーダーは、気づいた。
一葉ににじり寄る影の存在に。
おかしな仮面で顔を隠したその影。
64階層で見た、ダンジョンの『サブマスター』。
真梨華。
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