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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
R15版。暴力・性的ニュアンスありバージョン

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第161話 最後の10人② ~凍てつく想い~ 後編

3/3

 


 ◇魔法使いの少女(断末魔)◇


 ——ああ、また……届かなかった。


 まただ。

 また、わたしは間に合わなかった。

 いつも、そう。

 あと一歩。

 あと一瞬。

 あと一言。

 その『あと』が、永遠に埋まらない。


 でも、今回は違ったはずだった。

 今度こそ、誰かを守れるって、思ったのに。

 そう信じてたのに。


 ……なのに。


 せめて、誰かが逃げられるように。

 せめて、誰かが生き残れるように。

 せめて、わたしの死が、意味を持つように。


 だから、手を伸ばす。

 砕けた骨が悲鳴を上げても、潰れた肺が空気を求めて潰れても、この手だけは、誰かに届いてほしい。


 ——燃やすだけが、火じゃない。


 わたしの火は、怒りで燃える火じゃない。

 優しさで焼け焦げた火。

 後悔でくすぶり続けた火。


 小さな灯りをともすこと。

 凍えた心をあたためること。

 暗闇の中で、道を照らすこと。


 それが、わたしの火。

 それが、わたしの『魔法』。


 でも、届かなかった。

 また、誰かを見捨てた。

 また、誰かを失った。


 だったら、せめて——わたしの火で、全部焼き尽くしてやる。


 この氷も。

 この空間も。

 この絶望も。

 この世界も。


 わたしが届かなかったすべてを、焼き尽いて、焦がして、痕を残す。


 そうすれば、きっと。

 誰も、わたしを責められない。

 誰も、わたしを忘れられない。

 誰も、わたしを置いていけない。


 だから、最後にもう一度だけ。

 この手が、誰かの夜を照らせますように。

 この火が、誰かの心に焼きつきますように。


 ——お願い。

 お願い、お願い、お願い。

 今度こそ、届いて。


 その言葉が、空気に溶けた瞬間だった。

 天井の氷柱が、わずかに揺れた。

 誰にも気づかれないほどの微かな震え。

 けれど、それは死の予兆だった。


 少女の体に、影が落ちる。


 青黒く、冷たく、重い影。

 それは、天井から伸びた『氷の牙』の輪郭。

 彼女の小さな背を、頭を、手を、静かに覆っていく。


 彼女は気づいていた。

 でも、動けなかった。

 祈りの言葉を放った直後、その手は、まだ誰かに向かって伸びていた。


 そして——


 ズンッ。


 空気が潰れた。

 音が消えた。

 氷柱が、真っ直ぐに、彼女の背へと突き刺さった。


 骨が砕ける音はなかった。

 肉が裂ける音もなかった。

 ただ、重さだけが、すべてを押し潰した。


 氷柱は、彼女の身体を貫いたのではない。


 押し潰した。

 圧した。

 埋めた。


 まるで、祈りごと、願いごと、命ごと、封じ込めるように。


 氷の山が、静かに積もっていく。

 その上に、赤い霧がふわりと広がった。

 それは、彼女の火。

 最後の灯り。


 それは、確かに、誰の目にも焼きついた。


 ◇


 蒼い影が、大きく広がった。

 まるで、空そのものが彼女を覆い隠すように。

 氷柱の落下は、静かな処刑だった。

 誰も叫ばなかった。

 彼女自身も、声を出さなかった。


 動くべきだった。

 逃げるべきだった。

 でも、彼女は動かなかった。


 ——いや、動けなかったのではない。

 動かないことを選んだのだ。


 彼女の魔法は、すでに完成していた。

 最後の詠唱は、誰にも聞こえなかった。

 けれど、確かに届いていた。


 剣士の男の胸元に、ほのかな温もりが灯った。

 それは、冷気を遮る『守り火』。

 凍結系魔法への耐性を強化する、小さな魔法。


 効果は、ささやかだった。

 戦況をひっくり返すほどの力はない。

 けれど、命を繋ぐには十分だった。


 彼女は、自分の命と引き換えに、その魔法を選んだ。

 誰かが生き残るために。


 氷塊が彼女を押し潰す直前、その魔法は、剣士の胸元でふわりと灯った。

 まるで、彼女の手が、そこに触れたかのように。


 その行動に気づいた者は、二人。


 一人は、魔法を受け取った剣士の男。

 彼は、胸元の温もりが、彼女の命であることを理解していた。

 だから、拳を握った。

 だから、目を逸らさなかった。


 もう一人は、霜月フラノ。


 ◇氷の心(フラノ視点)◇


 彼女は、氷柱の落下を見届けながら、ほんの少しだけ、首をかしげた。


 それは、冬の静けさに宿る、小さな愛嬌。

 けれど、その動きには、冷たさと、わずかな『敬意』が混ざっていた。


「……ふぅん」


 氷柱が落ちた。

 ひとりだけ、潰れた。

 音もなく、静かに。

 まるで、最初からそこにいなかったかのように。


 任意で落とせるとはいえ、場所までは選べない。

 それなのに、あまりにも正確だった。

 まるで、狙ったように。

 まるで、『選ばれた』かのように。


「……運が悪かった、だけ?」


 フラノは、ぽつりと呟いた。

 けれど、その声には、確信を揺るがす何かが混ざっていた。


 目を細める。

 まぶしいわけじゃない。

 ただ、焼きついた光景が、まぶたの裏にこびりついて離れない。


 少女が最後に伸ばした手。

 それは、誰かを守ろうとしたものだった。

 自分の死を知りながら、それでも差し出された手。


 その手が放った魔法。

 激しい炎ではない。

 爆ぜる火球でもない。

 ただ、じんわりと灯る『守り火』。


「……あんな魔法、よく通したわね」


 フラノは、氷柱の山を見つめた。

 その奥に、もう姿はない。

 けれど、空気の温度が、ほんの少しだけ違っていた。


 冷気の中に、わずかな温もりが残っていた。

 それは、魔法の残滓。

 彼女の『意志』の燃えかす。


「……火のくせに、消えるのが遅いわね」


 その声は、冷たかった。

 けれど、どこか、苦く、遠い記憶をなぞるような響きがあった。


 彼女の魔法が、誰かを守る。

 その可能性を、フラノは見てしまった。

 火が、氷を溶かす瞬間を。


 だから、フラノは目を伏せた。

 まつげに、霜が降りる。

 けれど、心の奥に、ほんのりとした熱が触れた気がした。


 それが、痛かった。

 だから、彼女はもう一度、目を細めた。

 その熱を、見ないようにするために。


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