第160話 最後の10人② ~凍てつく想い~ 中編
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「に、にげろ……!」
リーダーが叫ぶ。
だが、その声には力がなかった。
『逃げろ』という言葉が、どこにも逃げ場がないことを知っている者の声だった。
軒下の氷柱なら、避けられる。
だが、ここは違う。
天井一面が、氷の牙で覆われている。
「魔法で撃ってみる?」
魔法使いの少女が、冗談めかして言った。
けれど、その声は震えていた。
『絶対にやらない』とわかっているからこそ、口にできた言葉だった。
火炎魔法?
無意味だ。
たとえ火炎放射器があったとしても、この質量、この密度、この冷気を前にしては、ただの火遊びに過ぎない。
なぜ、そう言い切れるのか?
それは、実際にあったからだ。
昭和の半ば。
記録的な大雪に見舞われた町があった。
自衛隊が災害派遣で出動し、あまりの雪の壁に業を煮やし、ついには火炎放射器を持ち出した。
だが、結果は——氷は溶けなかった。
いや、正確には、溶けた。
だが、溶けた水が再び凍り、さらに硬く、滑りやすく、危険な氷塊となって襲いかかってきた。
火は、氷に勝てなかった。
それは、自然の重さと時間の積層に、人の力が届かなかった証明だった。
今、目の前にある氷柱も、同じだ。
火炎魔法を撃てば、一本どころか、すべてが一斉に落ちてくる。
それは、天井からの絨毯爆撃。
避けられるはずもない。
動けば、死ぬ。
動かなくても、死ぬ。
だから、誰も動けなかった。
ただ、自然に落ちてくる『その時』を見極め、祈るしかなかった。
「あらあら、みんなお利口ですねぇ。やってみたら面白かっただろうに……まぁ、任意で落とせるんだけど、ね!」
フラノが、にこりと笑って、親指を——下に向けた。
パキン。
天井が、悲鳴を上げた。
それは氷が割れる音ではなかった。
空気そのものが砕けたような、乾いた破裂音。
次の瞬間、空気が一気に冷え込む。
吐いた息が、白く煙る。
光が氷に反射し、部屋全体が青白い死の色に染まった。
ひよりとフラノを除く全員が、反射的に天井を見上げた。
そこには、崩壊の始まりを告げる、無数の影があった。
「……っ!!」
魔法使いの少女が、咄嗟に身を伏せた。
だが、それは一瞬遅かった。
ドンッ!
重い音が、空間を揺らす。
続いて、ガラガラと氷が崩れ落ちる音。
まるで、山が崩れるような、低く響く轟音。
氷の塊が、彼女の上に降り注いだ。
一つ、二つ、三つ。
巨大な氷柱が、次々と彼女の身体を押し潰していく。
「……っ!」
誰かが声を上げかけたが、言葉にならなかった。
あまりにも一瞬の出来事だった。
氷の山が、静かに積もっていく。
粉雪のような氷の粒が、ふわりと舞い、やがて、赤く染まった床に降り積もっていく。
そこに、彼女の姿はなかった。
ただ、潰れた制服の一部が、氷の隙間から覗いているだけ。
誰も、声を出せなかった。
誰も、動けなかった。
床に広がる、じわりと滲む紅が、彼女がそこにいたことを、静かに語っていた。
残り、8人。
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