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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
R15版。暴力・性的ニュアンスありバージョン

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第159話 最後の10人② ~凍てつく想い~ 前編

1/3

 


「え、『エリクサー』さえ出せれば!」


 それが、命を繋ぐ最後の希望だった。

 一葉は、迷わず後方へと跳ね退く。

 戦闘空間から距離を取り、大型のアイテムボックスを展開する。


 中にはある。

 確かにある。

 万能蘇生薬——『エリクサー』。


 肉体が残っていれば、まだ間に合う。

 死後でも、魂が完全に離れていなければ、引き戻せる。

 それが、このアイテムの『奇跡』だった。


「……よし、出して、すぐに使う……!」


 震える手で、ボックスに触れる。

 だが——


 カチリ。


「……あれ?」


 開かない。

 ロックがかかったように、蓋がびくともしない。

 もう一度、力を込める。

 だが、反応がない。


「なんで……?」


 指先が、かじかんでいた。

 感覚がない。

 まるで、氷水に突っ込んだように、じんじんと痺れている。


「ま、まさか……?」


 恐る恐る、目を向ける。

 アイテムボックスの表面が、白く霜に覆われていた。

 金属の継ぎ目には、氷の筋がびっしりと張りついている。


「うそ……」


 開けようとするたび、指が滑る。

 力が入らない。

 焦れば焦るほど、手が震える。


「開いて……お願い、開いてよ……!」


 何度も何度も、蓋に手をかける。

 だが、開かない。

 冷たさが、指先から腕へ、肩へと這い上がってくる。


 目の前が、真っ白になった。

 それは、絶望の白。

 凍てついた現実が、視界を覆っていく。


 背後では、戦闘の音が続いている。

 誰かが叫ぶ声。

 誰かが倒れる音。

 誰かの魔法が、空間を焼く音。


 でも、一葉の世界には、もう何も届かない。

 ただ、凍ったボックスの前で、立ち尽くす自分の姿だけがあった。


「ボス部屋からは逃げられない。常識だよ?」

「なっ?!」

 眼鏡をかけた制服女子が後方にいた。


 見覚えのある顔。

 でも、目が笑っていない。


 彼女は、制服を着ていた。

 それは、かつての『日常』の名残。

 けれど、誰もが気づいていた。

 その布地は、もう『生者のもの』ではない。


 スカートの裾から覗く脚は、白く、細く、冷たい。

 まるで、雪に埋もれていた遺体のように、血の気を失っていた。

 けれど、そこにあるのは『死』ではない。

 凍結されたまま、動き出した『何か』だった。


 人間じゃない!


「させるか!」

『火』魔法が飛んだ。

 眼鏡女子が下がって、距離を置いた。


「そいつもネームドだ! 『つらら女・霜月フラノ』!」

 鑑定持ちが叫ぶ。


 そうだろうとは思ったけど、やっぱりそうだった!

 一葉が急いで退避した。


「おやおや、危ないなぁ」

 眼鏡女子——フラノが呟いた。

 呟きというには大きな声だった。


 思わず、だった。

 視線が集まったのだ。

 すると、フラノは上を見上げていた。


「氷柱って、落ちるんだよ?」

「なっ!」

 天井に、びっしりと氷柱が生えていた。

 無数の円錐が、逆さまの墓標のように、先端を下に向けて静かに並んでいる。


 それは、ただの氷ではなかった。

 光を吸い込むような青白さ。

 表面には、誰かの指先で引っかいたような細い傷跡が無数に走っている。

 まるで、落ちる前から、何かを刻みつけているかのように。


 一本一本が、人間の足ほどもある。

 だが、太さも長さも、『足』というより『杭』に近い。

 打ち込まれるために存在する、儀式の道具のようだった。


 そして、何よりも恐ろしいのは——それらが、音もなく、微かに揺れていることだった。


 風などない。

 誰も触れていない。

 それでも、氷柱たちは、わずかに、わずかに、『落ちる準備』をしているように揺れていた。


 その下に立つ者たちは、気づいていた。

 頭上にあるのは、ただの氷ではない。

『いつ落ちるか分からない死』そのものだと。


 一歩踏み出すたび、一つ魔法を放つたび、一つ息を吐くたび、そのどれかが、引き金になるかもしれない。


「ひっ……!」


 誰かの喉から、かすれた悲鳴が漏れた。

 その瞬間、空気が変わった。

 肺の奥まで凍りつくような冷気が、空間を満たしていく。


 雪国生まれ、雪国育ちの者なら、知っている。

 蒼く澄んだ氷柱ほど、鋭く、重く、致命的であることを。


 氷柱は、ゆっくりと育つ。

 夜の冷えに、少しずつ、少しずつ。

 水が凍り、積み重なり、やがて、人の命を貫くに足る質量と鋭さを持つ。


読了・評価。ありがとうございます。


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