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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
R15版。暴力・性的ニュアンスありバージョン

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第158話 最後の10人① ~傘を差す女~ 後編

3/3

 


 レイドリーダーの声が響く。

 気合を入れ直し、最終戦力が構えた。

 武器を握り直す者。

 魔力を練る者。

 祈る者。

 目を閉じる者。


 そして、ひよりは動かない。

 傘の下で、ただ静かに立っている。

 まるで、彼らの覚悟を見定めているかのように。


 風が吹いた。

 傘が揺れた。

 その影が、床に広がる。


 影の中から、何かが這い出してくる。

 黒く、細く、濡れた腕のようなものが、床を撫でる。

 それは、彼女の『本体』なのか。

 それとも、彼女が『呼び寄せたもの』なのか。


 誰も、確かめる余裕はなかった。


「……来るぞ!」


 誰かが叫んだ瞬間、空間が、ひび割れたように揺れた。


 差傘ひよりが、傘を傾ける。

 その動きが、戦闘開始の合図だった。


 そして、決戦が始まった。


 ◇


 始まりは魔法の咆哮だった。

 『対虫用』に揃えられた『火』が降り注ぐ。


「降るのを防ぐのが傘よ」

 淡々とした囁き。


 ひよりの持つ傘が魔法の『火』より鮮やかな『赤』に変わる。

 『火』は霧散した。


「想定内だ!」

 傘に魔法を弾かれるのは経験済みだと、リーダーが吠えた。

 構えた大剣が光を帯びて、輝きを放ち始める。

 魔法が注意を引いている間に肉薄していたのだ。


「降り注ぐ光を防ぐのも、傘の役目」

 傘が『黒く』なる。

 閉ざされた傘が降られ、剣もまた弾かれた。


「畳み掛けろ!」

 弾かれてバランスを崩した体勢のまま、リーダーが指示を出す。


 一撃入れれば、流れを引き寄せられる。

 手数で勝負をかけようというのだ。


 剣と槍が刃を光らせる。

 魔法が照らす。

 矢が煌めく。


「傘は開く」

 魔法陣が点々と広がった。

 雨の日の水たまりに落ちた雨粒。

 その波紋のように。


 色とりどりの傘が花開いては散っていった。

 魔法陣が広がるたび、傘が色を変えていく。


 火曜の赤は、あの子が好きだった色。

 水曜の青は、雨の日に笑っていた彼の傘。

 曜日ごとに変わる、心の色。


 色は、誰かの記憶を映している。

 気分と天気で変わるのも『傘』だった。



「防ぐだけかよ!」

 槍を突き出した男が挑発した。


 守りに隙が見られ無い。

 攻撃に転じさせて隙を誘おうとの狙いがある。


「傘には骨がある」

 傘が浮かんだ。

 手元に残る柄は・・・柳の葉のように細い『刀』だった。


「チッ!」

 間合いの差から槍には不利とみて男が下がる。


「なっ?!」

 男が押し戻された。

 宙に浮いていた傘が、背中を押している。


「傘には『生地(うす)』もある」

 言葉とともに刀が降られた。


「させるか!」

 槍の男が突き出した刃は、空を切った。

 次の瞬間、ひよりの傘がふわりと浮かび、彼の背後へと回り込む。

 気づいたときには、すでに遅かった。


「傘には『生地うす』もある」


 その囁きとともに、彼女の手にあった柄が、柳の葉のようにしなる細身の刀へと変わる。 一閃。 風すら鳴らさぬ静けさの中、刃が振り下ろされた。


 男の左肩から右脇腹へ、斜めに深く、鋭く。

 黒い着衣が裂け、肉が開き、骨が軋む音がした。

 心臓の上をかすめた刃は、命の灯を一息で吹き消すように、彼の動きを止めた。


「……っ、あ……」


 声にならない呻きが、血とともに漏れた。

 彼の槍が、床に落ちる。

 金属音が、やけに遠く響いた。


 膝が崩れ、体が傾ぐ。

 けれど、倒れることはなかった。

 ひよりの傘が、まるで『支えるように』彼の背を押していたからだ。


 そのまま、彼は静かに座り込むように崩れ落ちた。

 目は開いたまま、何かを見つめていた。

 けれど、その視線の先にあるものは、もう誰にもわからなかった。


 彼の死に、誰も声を上げなかった。

 ただ、ひよりの傘が、またひとつ色を変えた。

 深い、濡れた紫。


 それは、彼が見捨てた誰かの、許されなかった夜の色だった。


「『エリクサー』は?!」

 万能蘇生薬の作成者に視線が集まった。


「だ、出せない!」

 使用を考えていなかった。

 換金アイテムとしてしか扱ってこなかった。

 その、弊害だった。


 戦闘中に開けられるアイテムボックスには中級ポーションしか入っていない。


 ◇差傘ひよりは問うている◇


 雨は降っていない。

 けれど、彼女の周囲にはいつも、降り損ねた雨の気配が漂っている。


 差傘ひよりは、傘を差して立っていた。

 それは防御のためではない。

 誰かの痛みが、また降ってくるかもしれないから。

 誰かが、また見捨てられるかもしれないから。


 彼女は怒っていない。

 悲しんでもいない。

 ただ、問いを持っている。


 ——あの時、誰を見なかった?

 ——この手は、誰に届かなかった?

 ——今、目の前にいるこの人は、誰かを見捨てたことがあるだろうか?


 彼女の傘は、攻撃を防ぐ。

 けれど、それは『守る』ためではない。

 問いを届けるために、立ち続けるための最低限の距離だ。


 敵が剣を振るうたび、彼女は傘を傾ける。

 魔法が降るたび、傘の色が変わる。

 それは、誰かの痛みを映す色。


 そして、彼女が刀を抜くとき。

 それは、問いが届かなかった者への返答。


「あなたは、誰を見捨てたの?」


 その問いに答えられない者だけが、彼女の傘の『中骨』に斬られる。


 ◇


「誰を見捨てたの?」

 その言葉に、魔法使いの少女が一瞬手を止めた。

 彼女の瞳が、過去の誰かを思い出していた。


 それは彼女だけではない。

 誰もが、わずかずつではあっても心当たりがあった。


 最高戦力。

 それは、弱い者たちを切り離してきた歩みそのもの。

 命まで失わせるものはなかったが、置き去りにした経験を持っている。


 そうでなければ、この地位にはいられない。

 それが現実。


 だから、誰もが口を噤んだ。

 噛み締めた歯の間から、軋むように『誰か』の名前が紡がれかけては解けていく。


 口ずさむ恋の歌が、雨音に、かき消されていくように。


 魔法使いの少女は、そっと傘を差し出すように手を伸ばした。

 それは、誰かに届かなかった手の記憶。

 そして、今から届かせようとする意志。


 届く未来は、曇っているけれど。


 残り、9人。



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