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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
R15版。暴力・性的ニュアンスありバージョン

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第157話 最後の10人① ~傘を差す女~ 前編

2/3

 


 本隊先行部――レイド最後の10人は66階層を驀進していた。

 ダンジョン側の最高戦力が65階層に集まっているからではあるが、何より一葉が前へ、前へと出ているからだった。


「65階層での『前へ』が効いているな」

 リーダーは密かにそう感じていた。


 隊列を分断させる指示を出したことが負い目となっているのだ。

 後ろの者たちを置き去りにした形となる。

 成果なしで帰ったのでは顔向けできないと思っているのだろう。

 事実その通りなのだし。


 だが、『ダンジョンマスター』のドロップアイテムを手に入れて戻れば、「追いつけそうだったから追跡を優先させた」と言い訳も立つ。

 面目を保って帰還するには、『目的物』の持ち帰りが不可欠の状況となっている。


「見えたわ! 67階層の入り口よ!」

 襲い掛かってくるBランクモンスターを蹴散らして、彼女は進んでいく。


 その先に『絶望』が待つとは、まだ知らない。


 ◇軒先で待つ女視点◇


「そろそろ・・・かな?」

 ありはしない空を見上げて、少女が呟く。


 それは雨を待つようでもあり、降る雨を憂いるようでもある。

 だが、少女にとってはどちらでもいいことだった。

 降るにしろ、降らないにしろ、少女のすることは変わらないから。


 ◇


 最後の10人。

 彼らは今、69階層を進んでいた。


 足音が、やけに響く。

 誰も口には出さないが、空気が変わったことに気づいていた。

 肌にまとわりつくような湿気。

 耳の奥で鳴る、低くくぐもった音。

 それは、何かが近づいていることを告げていた。


 次は、70階層。

 節目。

 終わりの地。

 最深。


 誰もが、そこに『何か』があると感じていた。

 そして、それは事実だった。


「……いよいよ、大詰めだね」

 一葉が、無理に明るさを装って声を弾ませた。

 けれど、その声はどこか浮いていた。

 まるで、沈黙を恐れて投げられた石のように。


「ああ、そうだな」

 レイドリーダーが応じる。

 その声もまた、どこか遠かった。


 終わりは近い。

 間違いなく。

 だが、それは『安堵』ではなかった。

 むしろ、終わりが近いからこそ、何かが壊れ始めているような気がした。


「……フロアボスがいるな」

 誰かが呟いた。


 70階層への通路があるはずの最奥。

 その手前の空間に、人影があった。


 だが、それは『人』の形をしているだけだった。

 動かない。

 呼吸の気配もない。

 ただ、そこに『いる』。


 まるで、彼らが来るのを待っていたかのように。


 誰かが、息を呑んだ。

 誰かが、武器を握り直した。

 誰かが、祈るように目を伏せた。


 そして、誰もが思った。

 ——ここが、終わりだ。

 でも、本当に終わるのか?


 その問いだけが、誰の口からもこぼれなかった。


「……カサを差している?」


 誰かの呟きが、空気を震わせた。

 最奥の空間に佇む『それ』のシルエットは、確かに傘を差しているように見えた。


 だが、違和感があった。

 傘の下にいるはずの『少女』の輪郭が、どこか歪んでいる。

 光の届かない場所にいるはずなのに、白く長い髪だけが、月光のようにぼんやりと浮かび上がっていた。


『それ』は、夜の雨を待つように、静かに立っていた。

 まるで、この場所が『雨宿りの場』であるかのように。


 長く流れる白髪が、濡れた布のように肩から胸元へと垂れ下がり、 顔の半分を覆う前髪が、片目を隠している。

 見えている右目だけが、異様に赤く、その瞳は、炎ではなく、濡れた闇の中で灯る灯火のように、じっとこちらを見つめていた。


 頭上には、大きな唐傘。

 その天辺には、赤く四角い『穴』が空いていた。

 そこから、空気が抜けるように、彼女の気配も、どこか遠くへ吸い込まれていく。


 傘の影が顔を覆い、表情を曖昧にしていた。

 だが、曖昧だからこそ、そこにある『何か』が、想像をかき立てる。

 笑っているのか。

 泣いているのか。

 それとも、怒っているのか。

 わからないことが、最も恐ろしい。


 黒い着物は、肩を落とし、袖は異様に長く、風もないのに、ゆらり、ゆらりと揺れていた。 その揺れは、まるで水面に浮かぶ死体が、ゆっくりと回転しているような、不自然な静けさをまとっていた。


 彼女の指は、長く、細く、骨ばっていた。

 その先端から、ぽたり、ぽたりと黒い雫が落ちていた。


 水ではない。

 血でもない。

 けれど、確かに『濡れて』いた。


 誰も、声を出せなかった。

 空間が、音を拒んでいた。

 息を呑む音すら、吸い込まれていく。


 そして、彼女が、ゆっくりと傘を傾けた。

 その動きは、まるで『こちらを見せる』ための所作。

 傘の影がずれ、顔の輪郭が露わになる。



「……ようこそ、七十階層へ」


 声が、どこからともなく響いた。

 その瞬間、誰かが小さく、震えた。

 それは、寒さではなかった。

 魂の奥に触れられたような、得体の知れない恐怖だった。


「唐笠お化け『差傘ひより』だってよ!」


『鑑定』持ちの声が、静寂を裂いた。

 その名が告げられた瞬間、空気がわずかに軋んだ。

 まるで、名前を呼ぶこと自体が『封印を解く』行為だったかのように。


「ネームドか」

 誰かが呟く。

 その声には、わずかな緊張が滲んでいた。


 名前持ち。

 ランク上位。

 強敵。


 それだけで、十分に『脅威』だった。

 だが、彼女はそれ以上だった。

 70階層への通路を守る者。

 このダンジョンの『最深』を預かる存在。


「それくらい、想定内だ。行くぞ!」



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