第156話 妖怪制作 ~火車~ 後編
1/3
「始めます」
準備の整ったカルマは、ひと声かけて作業を始める。
「どうぞ。あなたの中から湧き上がる野望を注ぐがいいわ」
挑発的な声音が、沙羅の口から放たれる。
赤い舌が、酸素を取り込もうとする炎のように動いた。
カルマの肩に、沙羅の吐息が触れた。
それは熱を帯びていた。
けれど、火傷するほどではない。
むしろ、じわりと肌の奥に染み込んでくるような熱だった。
「……あなたの魔力、ずいぶん荒れてるわね」
沙羅の指先が、カルマの背をなぞる。
その動きは、まるで火の粉が舞うように、予測できず、けれど確実に熱を残していく。
「もっと、深くまで入れて。表面だけじゃ、私の芯まで届かないわ」
その言葉に、カルマの手がわずかに震えた。
だが、彼は何も言わず、ただ作業を続けた。
魔力の流れを整え、彼女の中へと注ぎ込む。
それは、力の注入であり、魂の交差だった。
「……ああ、来てる。熱い……けど、気持ちいいわね」
沙羅の声が、どこか甘く、どこか苦しげに揺れる。
その響きが、囲いの中にこだました。
カルマは目を閉じた。
彼女の言葉に、反応することはしなかった。 けれど、彼の中でも何かが軋んでいた。 魔力を渡すという行為が、これほどまでに『近い』ものだったとは、思っていなかった。
「……あなたの中、熱いのね」
沙羅の指が、彼の胸元に触れる。
その指先は、まるで火種のように、彼の鼓動を探っていた。
「火って、怖いですよね」
カルマの声は、かすかに震えていた。
それは、彼女の『本当の姿』を思い出したからだ。
燃え盛る炎の中、誰よりも先に飛び込んでいった、あの姿を。
「怖いから、近づくのよ」
沙羅の声は、まるで火の粉のように、彼の耳に落ちた。
「焼かれるかもしれないじゃないですか」
「焼かれたいのよ。少しだけでも、何かを変えられるのならね。炎は創造と変化の源。焼かれなければ、鉄はただの石ころだわ」
その言葉に、カルマは言葉を失った。
彼女の中にある『火』が、ただの破壊ではなく、再生のための炎であることを知ったからだ。
「燃え尽きるのが怖いんじゃない。燃え残るのが、いちばん怖いものよ」
その言葉に、カルマは目を伏せた。
彼女の魂が、どれほどの熱を抱えていたのか。
どれほどの孤独と、怒りと、祈りを燃やしていたのか。
その一端に、ようやく触れた気がした。
◇
「火を操る妖怪『火車』としよう」
それ以外に、どんな選択肢がある?
カルマは即決した。
『火』の女には『火』の妖怪が似合うのだ。
◇
自分の弱さが、罪が、胸の奥で燻っていた。
誰かに見せることもできず、誰かに許されることもなく、ただ燃え続ける『業火』だった。
それでも、燃え尽きることはなかった。
焼き尽くしたはずの心の奥に、まだ残っていた『ナニカ』。
それは、名前のない未練。
それは、薫の背中に感じた、届かない憧れ。
「私は、焼かれたかったのかもしれない」
「でも、焼かれただけじゃ、終われない」
「焼いたあとに、残るものがあるなら——それが、私のかたちになる」
炎は、罪を焼く。
炎は、弱さを焼く。
でも、炎は『残ったもの』を照らすこともできる。
『薫』——縫緋まといに食まれた身でも、まだ残っている。
自ら焼いたはずの炎の中でも、残ったものがある。
これを『妖怪』と呼ぶ者がいるらしい。
それを『形』にできる力を持つらしい。
それは・・・かつて私に触れたことのある数少ない『誰か』のようだ。
ならば、私は立つだろう。
可燃物と酸素があるなら、火は立ち燃え盛るものだから。
燃え尽きるまでは。
必要とされていても。
嫌悪され否定されても。
炎は燃え続けようとする。
そして、実際に燃え続ける。
炎とはそういう存在。
私は、『火の女』と呼ばれた『火の化身』。
そう振舞ってきた。
そう求められていたから。
でも、もういいだろう。
『火の女』を演じた『沙羅』は死んだのだ。
これからは、『火の妖怪』として自らの意志で燃え続ける。
燃やすモノを決めるのは私だ。
燃やさないモノを選ぶのも、私だ。
手の届くモノは皆燃やそう。
燃え尽きるモノは『幸運』だ。
燃え残ったモノは『格別』だ。
燃やす私は『至高』だ。
なんであれ、変化は起きる。
変化して残るならばよし。
元のまま変われぬとあれば、燃やし尽くしてやろう。
無からの再生もまた、美しい。
だから、私は火車になる。
罪を背負ったまま、燃え尽きずに歩く者として。
◇
「『彼岸』へようこそ」
カルマが声を上げた。
『完成』はやめたが、『再開』とは言えなかったようだ。
カルマは、炎の中に立つ彼女を見つめた。
燃え尽きず、なお燃え続ける魂。
罪を焼き、未練を抱え、それでも変化を求める者。
「お前の名前は・・・『焔熾サラ』だ」
焔は、揺らぎながらも消えない火。
熾は、燃え残ったものを再び燃やす力。
そしてサラは、かつての名。
演じていた『火の女』の記憶を、妖怪として継ぐ者。
サラは、炎の中で目を閉じた。
その名は、彼女の中で静かに燃え始めた。
そして、誰にも届かない場所で、確かに灯った。
視界の隅で、縫緋まといが、小さく拍手をしていた。
なにか言いたそうな視線をサラに投げかけながら・・・。
評価いただけると続編を書く意欲に直結します




