第155話 妖怪制作 ~火車~ 前者
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「そうなると、当然に次は彼女、だよね」
カルマの視線が、床に寝かされた遺体に向けられる。
その目は、いつになく鋭く、そしてどこか遠くを見ていた。
──沙羅。
Sランク相当のネームド素材。
縫緋まといと双璧を成す存在になることが、すでに『確定』している。
それは、カルマが『名前を覚えている』数少ない相手。
それだけで、彼女がどれほど特別だったかがわかる。
「……火車、だな」
その名を口にした瞬間、空気がわずかに焦げた。
まだ何もしていないのに、周囲の温度がじわりと上がる。
まるで、彼女の魂が、すでに炎を帯びているかのように。
沙羅の遺体は、静かに横たわっていた。
けれど、その姿には『死』の静けさがなかった。
まるで、今にも跳ね起きて、誰かを睨みつけそうな気配があった。
◆60階層の追憶◆
「さっさと終わらせてね」
声が耳に痛い。
魔力補充のため、囲いのある静かな場所に呼び出されたカルマ。
沙羅は、まるで儀式の始まりを待つ巫女のように、整えられた姿でそこにいた。
用意の良さは『薫様』と同等かそれ以上だ。
会うときに必要な儀礼の難解さもまた、同等かそれ以上だった。
「まずは服を脱ぐ・・・そうでしょう?」
もちろん、『作業』として見れば、そんな必要はない。
だけど、彼女の前でカルマは腰にタオルが『お定まり』だった。
『脱ぐ』とはカルマのことなのだ。
沙羅のことではない。
『魔力を渡す』、そのためであれば沙羅の姿を整えるのは理に叶う。
だけど、渡し手であるカルマにその理はない。
それでも、『手伝ってあげる』と、後ろに回られた。
ゆっくりと防備を剥がしていくカルマに、いっそ甲斐甲斐しいほど手を貸してくる。
それは、神の前に出る前の禊のようだった。
沙羅は『神』であり『巫女』でもある。
自分の前に出ようというカルマを、儀式に出られるよう整えるのだ。
俗世の穢れを脱ぎ捨て、赤子のような『無垢』を取り戻す。
これは、そんな行為——所作だ。
「いいわね」
『無垢』となったカルマの肩に、暖かく湿った風が当たった。
彼女の浅く、熱を帯びた呼吸が聞こえる。
彼女は激しく燃える炎。
誰も寄せ付けない。
誰も近付けない。
性の別なくだ。
『火の舞踊』。
そんな集団の代表ではあるが、統治はしておらず、勝手に集まった者たちの合議に委ねている状態。
形は似ているが、そういう意味では『薫様』とは一線を隔している。
『薫様』が神と信者による信仰の関係だとするならば、彼女のそれは、神と巫女の神事を行うパートナーの関係性。
神は巫女に指示はしても従えず。
巫女は神に仕えようとも膝は折らない。
カルマは今、神前に立つための洗礼を受けているのだった。
沙羅にとってカルマは、感情ではなく『合理性』で選ばれた接触対象だった。
好悪ではなく、利便性。
それは、誰にも咎められず、誰にも干渉されない関係性。
だからこそ、彼女はカルマに近づいた。
他の『誰か』では代わることのできない関係性。
それがカルマにはある。
それが『誰』かはどうでもよい。
自分と違う『構造』への興味。
それが、彼女の行動理由だった。
彼女が見ていたのは、『境界』だった。
自分と違うもの。
触れてはいけないもの。
それでも、近づいてみたくなる『ナニカ』だ。
「クスクス」
楽し気な笑い声が、カルマの輪郭をなぞって、流れ、落ちて、また浮かび上がった。
カルマは『その時』が終わるまで、彼女が満足するまで耐えるほかない。
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