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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
R15版。暴力・性的ニュアンスありバージョン

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第150話 風雷は吹きて惑わず ~帰り着く場所~ 後編

1/3

 


 風が、彼女の髪を逆立てる。

 雷が、皮膚の下で脈打つ。

 霞の瞳は、赤と金に染まりながらも、どこか遠くを見ていた。


 ──かつて、自分もその隊列の中にいた。

 風を読み、雷に怯えながら、それでも前に進んでいた。

 誰かの隣に立つことを、選んでいた。


「……あたしは、もう隣には立てない」


 その言葉に、風が揺れた。

 雷が、胸の奥で軋んだ。

 けれど、霞は団扇を振る。


 風が、逃げる者の背を切り裂き、雷が、地を焼き、命の輪郭を焦がす。


「逃げても無駄だよ。風は、どこまでも追いかける。雷は、心の奥まで届く」


 その声は、誰にも届かない。

 風が、かき消した。

 雷が、焼き払った。


 霞は、力を振るい続ける。

 それは、怒りでも、憎しみでもない。

 ただ、『役割』としての行動。

 ダンジョンの守護者としての、当然の振る舞い。


 けれど──ほんの一瞬だけ。

 逃げる背中の中に、見覚えのある髪型があった。

 昼休みに、隣で笑っていた誰か。

 教室の隅で、くだらない話をしていた、あの時間。


 風が、その記憶を運んできた。

 雷が、胸の奥で弾ける。

 霞は、団扇を止めた。


 雷が、指先で震える。

 風が、問いかける。


「それでも、振るうか?」


 霞は、目を閉じる。

 まぶたの裏に、誰かの笑顔が浮かんだ。

 それを、風が吹き飛ばす。

 雷が、焼き尽くす。


「……あたしは、もう『人間』じゃない。だから、迷う必要もない」


 団扇が再び振るわれる。

 風が唸り、雷が咆哮する。

 逃げる者たちの背に、容赦なく襲いかかる。


 ──葉隠霞。

 かつての仲間を見送りながら、力を振るう。

 その心は、風に引き裂かれ、雷に焼かれながらも──確かに、進んでいた。


 ──風が、止んだ。

 雷も、沈黙した。

 空気が、やけに澄んでいる。

 まるで、何もなかったかのように。


 霞は、立っていた。

 足元には、焼け焦げた残骸が静かに横たわっていた。


 炭になった二本の影。

 まるで、地面に立てかけられた木の枝のように、黒く、細く、折れ曲がっている。

 皮膚は焼け落ち、骨と肉の境界も曖昧になっていた。

 けれど、制服の焦げ跡だけが、かろうじて『人間だった』ことを物語っていた。


 名前も、顔も、もう思い出せない。

 あるいは、思い出さないようにしているだけかもしれない。


「……やり過ぎたか?」


 ぽつりと漏れた言葉に、風は応えない。

 雷も、もう何も言わない。

 ただ、静寂だけが、霞の耳を満たしていた。


「苦しむ時間は、あったか?」


 問いかけるように、残骸を見下ろす。

 返事はない。

 当然だ。

 もう、声を持たないのだから。


 霞は、目を細める。

 その表情に、怒りも悲しみもない。

 ただ、冷たい静けさ。

 それは『冷静』と呼ぶには、あまりにも無感情すぎた。


 ──これが、あたしの役目。

 ──隊列を崩し、数を減らす。

 ──前進を許す者と、ここで終わる者を分ける。


「……任務完了。問題なし」


 そう呟いた声は、まるで報告のようだった。

 誰に向けたものでもない。

 ただ、自分自身に言い聞かせるように。


 でも、胸の奥が軋んだ。

 ほんのわずかに。

 風が、そこを通り過ぎた。

 雷が、そこを叩いた。


 霞は、気づかないふりをした。

 いや──『気づかないように』した。


「冷静だよ、あたしは。ちゃんと判断して、ちゃんと選んだ。だから、これは……正しい」


 その言葉に、風は揺れなかった。

 雷も、鳴らなかった。

 まるで、彼女の『正しさ』を否定することすら、もう興味がないかのように。


 霞は、踵を返す。

 炭となった二本に背を向けて、静かに歩き出す。


 ──風は、まだ彼女の名を覚えている。

 ──雷は、まだ彼女の心を見ている。

 でも、霞はもう、自分の声すら聞こうとしなかった。


 残り、10人。


 ◇


 ──足音が、静かに響く。

 霞は、任務を終えて帰還する。

 風も雷も、今は沈黙している。

 まるで、彼女の背に寄り添うように。


 拠点の入り口に立つと、そこにカルマがいた。

 かつての仲間。

 今の主。

 カルマは、微かに頷きながら、霞の目をまっすぐ見ていた

 そして・・・。


「おかえり」


 当たり前のように声を掛けられた。

『ご苦労』ではない。

『見事だった』でもない。


『おかえり』。


 その言葉は、風よりも柔らかく、雷よりも温かかった。

 霞の胸の奥に、静かに染み込んでいく。


 ──おかえり。

 それは、かつて家に帰ったときに聞いた言葉。

 それは、誰かの隣にいた頃に交わした言葉。

 それは、もう二度と聞けないと思っていた言葉。


 霞は、虚を突かれたように立ち尽くす。

 その言葉が、どこに届いたのか、自分でもわからなかった。


 団扇を握る手が、少しだけ緩む。

 風が、彼女の髪を撫でる。

 雷が、胸の奥で静かに鳴る。


「・・・ただいま」


 その声は、霞自身も驚くほど自然だった。

 まるで、ずっとここにいたかのように。

 まるで、これが『帰るべき場所』だったかのように。


 霞は、拠点の奥へと歩き出す。

 その足取りは、任務の帰還ではなく──帰宅のようだった。


 部屋に入る。

 扉を閉める。

 そのくらい当たり前に、奥に置かれたソファに腰かけた。


 風が、壁を撫でる。

 雷が、床を温める。


『おかえり』——その言葉に、『かすみ』としてのあたしが、初めて居場所を得た気がした。


「・・・ここが、あたしの居場所なんだ」


 その言葉に、風が優しく吹いた。

 雷が、静かに脈打った。

 それは、肯定でも否定でもない。

 ただ、霞の『今』を受け入れる音だった。


 ──葉隠かすみ。

 かつての探索者。

 今は、ダンジョンの守護者。

 そして、カルマのもとに帰る者。


 その心は、風に包まれ、雷に導かれながら──確かに、居場所を見つけていた。



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