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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
R15版。暴力・性的ニュアンスありバージョン

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第149話 風雷は吹きて惑わず ~帰り着く場所~ 前編

3/3

 


 ──命令が届いた。


「かすみ、出番だよ。人間を蹴散らす、簡単なお仕事だ」


 私は——葉隠霞。

 だけど、その名はもう過去のもの。


 今のあたしは、ただの『かすみ』。

『かすみ』と呼ばれるたびに、霞だった頃の自分が、風に溶けていく気がした。


 彼の声は、耳に届く前に、風が運んでいた。

 雷は、胸の奥で小さく震えた。

 それは怒りでも、恐怖でもない。

 ただ、静かな『了承』だった。


 かすみは、目を閉じる。

 風が頬を撫でる。

 雷が、皮膚の下で脈打つ。


 風が囁く。

「忘れろ」と。


 雷が叫ぶ。

「壊せ」と。


「人間か」


 その言葉に、何の感情も乗っていない。

 かつてなら、ためらいがあった。

 かつてなら、誰かの顔が浮かんだ。

 でも今は——風がそれを吹き飛ばし、雷が焼き払った。


「命令なら、従うだけだよ」


 それは、霞の声ではなかった。

 風に染まった声。

 雷に焼かれた声。

 彼女の『意思』は、もう力の中に沈んでいた。


 でも——ほんの一瞬だけ、胸の奥が軋んだ。

 風が、問いかけるように揺れた。

 雷が、迷いのように弾けた。


「……人間という『枠』を壊す。それって、あたしが『完全にこっち側』になるってことだよね?」


 誰かが囁いた。

 そのとき、ほんの一瞬だけ、誰かの名前が浮かびそうになった。

 あの声が、まだ耳に残っていた。


「もう戻れないよ」


 かすみは、笑った。

 それは、風に乗った笑み。

 雷に染まった笑み。


「戻る気なんて、ないよ。だって——あたしを壊したのは、人間だった」


 風が、彼女の背を押す。

 雷が、彼女の足元を照らす。

 かすみは、歩き出す。


 その足取りは、軽く。

 その瞳は、赤と金に染まっていた。


 ──葉隠霞。

 風雷の乙女。

 今、かつての『仲間』を標的に定める。


 ◇


 ──足音が近づいてくる。

 ダンジョンの奥へと踏み込む探索者たち。

 その中には、見覚えのある顔もあった。


 同じ制服。

 同じ教室。

 同じ昼休みの、くだらない会話。


 霞は、岩陰に身を潜めながら、風の中にその気配を感じ取っていた。

 雷が、胸の奥で小さく鳴る。

 それは、懐かしさではなく──警告だった。


「……あたし、あそこにいたんだよな」


 風が、彼女の髪を揺らす。

 それは、過去をなぞるような優しい動きだった。

 でも、霞は団扇を握りしめる。

 その表面に刻まれた桜と紅葉が、微かに震える。


「もう、戻れない。あたしは『こっち側』なんだ」


 ──モンスター。

 そう呼ばれる存在。

 ダンジョンの奥に潜み、探索者を喰らう者。


 でも、霞は『かつて』彼らと同じ側にいた。

 同じ制服を着て、同じ未来を語っていた。

 その未来を、誰かが焼き払った。


「それでも、あたしを差し出したのは『人間』だった」


 雷が、指先に集まる。

 風が、彼女の背を押す。

 霞の瞳が、赤と金に染まる。


「だったら、あたしは──『人間という枠』を壊す」


 その言葉に、風がざわめく。

 雷が、喜びのように弾ける。


 でも、ほんの一瞬だけ。

 霞の胸が軋んだ。


 制服の袖に残る、かつての仲間の手の感触。

 教室の窓から見た、同じ空。

「また明日な」って笑った、誰かの声。


「……ごめんね」


 その声は、誰にも届かない。

 風が、かき消した。

 雷が、焼き払った。


 そして、静かになった。

 まるで、何もなかったかのように。


 霞は、廊下の角から姿を現す。

 探索者たちの目が、彼女を捉える。


 驚き。

 恐怖。

 混乱。


「葉隠……? え?」


 その問いに、霞は答えない。

 ただ、団扇を振る。

 風が唸り、雷が走る。


 ──葉隠かすみ。

 かつての仲間を前に、モンスターとして立つ。

 その心は、風に引き裂かれ、雷に焼かれながらも──確かに、進んでいた。


 風が裂けた。

 雷が走った。

 探索者たちの隊列は、瞬く間に崩れた。


「うわっ!」

「隊列が乱れた! 後衛、下がれ!」

「風が……風圧が強すぎる!」

「雷が……走る!」


 悲鳴が、風に乗って霞の耳に届く。

 雷が、彼らの足元を焼き、風が視界を奪う。

 誰もが、散り散りに逃げていく。

 秩序は崩れ、連携は断たれ、ただ『個』として逃げ惑う。


 霞は、その光景を見下ろしていた。

 団扇を振るたび、風が唸り、雷が咆哮する。

 その力は、もはや『技』ではなく、『本能』だった。


 風は命を奪うために吹き、雷は心臓を止めるために走る。

 霞の意思など、もはや必要なかった。


「……弱いな」


 ぽつりと漏れた言葉。

 それは、嘲笑ではない。

 ただ、事実の確認。


「隊列が崩れただけで、もう何もできないのか」



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