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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
R15版。暴力・性的ニュアンスありバージョン

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第148話 呼び声 ~本音の紳士たち~ 後編

2/3

 


 ダンジョンを『鬼』が歩いていた。

 その存在が現れた瞬間、空気が凍りついた。

 まるで、世界が息を呑んだかのように。


 赤銅色の肌は、夕焼けのように燃え、その熱は、触れれば焼けるほどの怒りを孕んでいた。 隆起した筋肉の線は、幾度も死線を越えてきた証。

 短く刈られた金髪が風に揺れ、 黒く湾曲した角が、空の色を裂いていた。


 その姿は、まさに『怒り』を纏った彫像。

 虎柄の衣装は、野性と誇りの象徴であり、肩に担がれた棘付きの金棒は、これから下される『裁き』の予告状だった。


 だが、その周囲には、似つかわしくないものがあった。

 淡い桃色の花弁が、ひとひら、またひとひらと舞っていたのだ。

 血の匂いが染みついた空気の中で、その花は、まるで彼女の中に残る『鈴谷涼香』の記憶を呼び起こすように揺れていた。


 ——あの春の日。

 ——誰かの笑い声。

 ——手を引いてくれた、あの温もり。


 けれど、彼女の瞳には、もはや迷いも、憐れみもなかった。

 あるのは、ただ一つ。

『終わらせる者』としての、静かな覚悟。


 建物の影を背に、緑がかった空を背負いながら、彼女はただ、そこに立っていた。

 風も、音も、彼女の前では息を潜める。

 その沈黙こそが、彼女の存在の証だった。


 童子丸らうら。

 かつて鈴谷涼香だった少女。


 仲間と笑い合い、未来を語り合った日々は、今や血と鉄の記憶に塗り潰されている。


 それでも、彼女は忘れていない。

 忘れられない。

 だからこそ、哀しみは怒りに変わり、怒りは力となって、彼女をこの地に立たせている。


 その姿は、恐ろしくも美しく、そして——取り返しのつかないほど、哀しかった。


 ◆童子丸らうら(鈴谷涼香)視点◆


 足音が、重い。

 でも、それは疲れじゃない。

 迷いでもない。


 ただ、踏みしめているだけだ。

 ——『人間だった頃の道』を。


 焼け焦げた記憶が、まだ足元にこびりついている。


 魔法の光が弾けたあと、焦げた肉の匂いが鼻を突いた。

 誰かの腕が、目の前を飛んだ。

 叫び声は、すぐに沈黙に変わった。


 仲間の声も、もう思い出せない。

 思い出すたび、胸が焼けるから。


 あたしは、あの場で終わったはずだった。

 でも、終われなかった。

 終わらせてもらえなかった。

 誰かが、あたしを『鬼』にした。


「……なら、やるしかないじゃん」


 誰かに言い訳するつもりはない。

 誰かに赦してもらうつもりもない。

 あたしが殺したものは、あたしの中で腐ってる。

 それでいい。

 それが、今のあたし。


 金棒が背中で揺れる。

 そのたびに、焼けた皮膚の奥で、何かが軋む音がする。

 もう人間の骨じゃない。

 でも、痛みはまだ残ってる。

 その重さが、あたしの『罪』の重さだ。


 でも、背負える。

 もう、背負う覚悟はできてる。


「誰かが、やらなきゃいけないなら——あたしがやる」


 それだけだった。

 誰かを守るためじゃない。

 誰かに褒められるためでもない。

 涼香だった頃の『優しさ』は、もう使い物にならない。


 ただ、『終わらせるため』に。

 あたし自身の、罪と罰と、命の続きを。

 この手で、終わらせるために。


「……わるいこは、いねがー」


 その声は、もう『涼香』のものじゃない。

 喉の奥から絞り出すように響く、異形の声。

 まるで別の誰かが、あたしの口を借りて喋っているみたいだった。

 でも、言葉の意味は、あたしの意志だ。


 だから、行く。

 誰も守れなかったあの日の続きを、今度こそ、あたしの手で終わらせるために。


「わるいこは、いねがー」


 ◇


 その声は、もう『涼香』のものじゃなかった。

 でも、喉の奥に、かすかに残る響きがあった。

 それは怒りでも、悲しみでもない。命令ですらない。

 それは——『問いかけ』だった。


 ——誰か、まだ生きてるか?

 ——誰か、まだ抗ってるか?

 ——誰か、まだ、終わらずにいるか?


 誰か、あたしを『見てくれる』者は——いないか?


 足音が近づく。

 軽い。

 浮ついている。

 その音だけで、わかる。

 この者たちは、まだ『死』を知らない。


 角を曲がる気配。

 らうらは、金棒を背に、ただ立っていた。

 何も言わず、何も構えず。

 ただ、そこに『在る』。


 そして——終わった。


 光も、音も、叫びもなかった。

 ただ、沈黙だけが残った。


 制服が静かに横たわっていた。

 その中に、かつて自分が守ろうとした誰かの色が混ざっていた気がした。

 でも、らうらは振り返らなかった。


「……これで、いい」


 感じなかったわけじゃない。

 でも、感じる必要がなかった。

 彼らは、戦場を知らなかった。

 誰かを守る覚悟も、誰かを背負う痛みも知らずに、ただ『女』を求めて走った。


 それが命を落とす理由になるのは、理不尽かもしれない。

 でも、ここは『ダンジョン』だ。

 理不尽こそが、理そのものだ。


「……あたしは、鬼だ」


 その言葉が、胸の奥で静かに響く。

 誰かを守るために、誰かを殺す。

 それが、あたしの『罰』であり、『役目』であり、『存在理由』。


「わるいこは、いねがー」


 もう一度、声を放つ。

 それは、警告でも、誘いでもない。

 ただの『確認』。


 ——まだ、あたしが裁くべき『命』は残っているか?

 ——誰か、もういい、充分だと言ってくれる者は、いないか?

 ——まだ、罪を知らない者はいるか?

 ——誰か、罪を乗り越える方法を教えてくれる者は、いないか?

 ——まだ、終わっていない者はいるか?

 ——誰か、あたしを止めてくれる者は、いないか?


 ほんの少しでも、あたしの手を引いてくれるなら——それだけで、救われる気がした。


 金棒が、背中で重く揺れた。

 それは、罪の重さであり、命の重さであり、あたしが背負った、『終わらせる者』としての誓いだった。


 それが、あたしの『答え』になる。



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