第147話 呼び声 ~本音の紳士たち~ 前編
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中央部にいた者たちで、未だ無事だったのは、男が二人だけだった。
「チッ……どうせなら、女子と二人きりがよかったぜ。こんな時こそ、守ってやるぜってカッコつけられるのによ」
「悪かったな、野郎で。つーか、お互い様だろ」
「野郎相手じゃ、気合も入らねぇし、守る気も起きねぇや」
「……なられても困るがな。まぁ、女子がいた方が、まだマシだったかもな」
守る理由がない。
守りたいと思える対象がいない。
誰かに見られているからこそ、人は『まとも』でいられるのかもしれない。
それなのに——。
二人は、互いに顔を見合わせた。
冗談を交わしながらも、どこか目が笑っていない。
この状況が、冗談で済まないことを、どちらも理解していた。
「……こんな陰気なとこ、さっさと抜けようぜ」
「女子もいねぇしな。てか、なんで誰もいねぇんだよ。そろそろ誰かと出くわしてもいい頃だろ」
「……おかしいよな。静かすぎる。音が、ない」
歩き回って、もうどれくらい経っただろう。
誰か一人くらい見つかってもいいはずなのに、影も形もない。
まるで、最初から誰もいなかったみたいに。
……——が……」
風が、何かを運んできた。
耳の奥をくすぐるような、湿った声。
それは、風の音に紛れて、確かに『言葉』だった。
「今の、聞こえたか?」
「誰か呼んでる……!」
二人は顔を見合わせ、声のする方へ駆け出した。
沈黙に支配された空間に、ようやく現れた『人の気配』。
それがどれほど心強く感じられたか、彼ら自身も驚くほどだった。
「……いねがぁ……」
声が、はっきりしてくる。
女の声。だが、どこか濁っていて、喉の奥から絞り出すような響き。
「女の声だな?」
「ああ……でも、なんだこの訛り?」
『いねが』——「いないか?」
無事な者はいないか、誰か、誰か……と、探している。
「この先だ! 角の向こうから聞こえる!」
「おい、抜け駆けすんなって!」
誰かはわからない。
だが、女子がいる。
この異常な状況の中で、女の声はまるで救いの鐘のように響いた。
いいところを見せたい——そんな軽い気持ちが、彼らの足を速めた。
二人は競うように、角を曲がった。
彼らが、その先で見たものは——
星のように瞬く、無数の光。
そして、その奥に広がる、底なしの闇。
次の瞬間、世界が裏返った。
音もなく、光もなく、ただ、意識が途切れた。
彼らはもう、なにも見ることはなかった。
壁には、焼け焦げたような黒い痕が二つ。
まるで、そこに立っていた人間の輪郭をなぞるように。
床には、血と肉の名残を包む制服が、ぐしゃりと折り重なっていた。
その上を、何かが静かにまたいでいく。
足音はしない。
ただ、空気が重く、冷たく沈んでいく。
「……わるいこは、いねがぁ……」
女の声が、再び響いた。
だがその声は、どこか濁っていて、まるで喉の奥に血を含んだまま、無理やり言葉を押し出しているようだった。
彼らが求めた『女』は、確かにそこにいた。
ただし、それは——鬼だった。
背に棘付きの金棒を担ぎ、 赤銅色の肌に、乾いた血がひび割れのようにこびりついている。 だが、その姿の中に、かすかに見覚えのある輪郭が残っていた。
——あの笑い声。
——あの瞳の色。
——あの時、肩を並べて走った背中。
そのすべてが、今や異形の皮膚に覆われ、けれど、完全には消えていなかった。
鬼の瞳が、床に転がる制服を見下ろす。
その奥に宿るのは、冷たい夜の闇……だけではない。
微かに揺れる、後悔とも、怒りともつかぬ感情の残滓。
「……わるいこは、いねがぁ……」
その声は、どこか震えていた。
呼びかけるようで、呪うようで、まるで自分自身に言い聞かせるようでもあった。
彼女は、まだ『人間だった頃の自分』を覚えている。
それでも、金棒を手放すことはなかった。
残り、12人。
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