第146話 完璧なるがゆえに(比翼ふげん視点)
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風が止んだ。
羽根が、静かに落ちる。
空気が、凍るように静まる。
廊下には、制服が三つ。
ねじれて、沈黙している。
その形は、まるで命が抜けた抜け殻。
「……終わったわ」
声は、震えていない。
手も、汚れていない。
風がすべてを片付けてくれた。
私は、命令に従っただけ。
完璧に。
正確に。
美しく。
でも——風の中に、何かが残っていた。
それは、声。
それは、目。
それは、かつて私が『仲間』と呼んだ者たちの、命の残響。
「これが、私の役目」
そう言い聞かせる。
そうでなければ、風が揺れる。
そうでなければ、羽根が濁る。
私は、完璧でなければならない。
だから、迷ってはいけない。
だから、痛んではいけない。
でも——風が止んだ瞬間、胸の奥が少しだけ、冷えた。
それは、風が吹いていた間、感じなかった『静けさ』。
それは、風が守ってくれていた『感情』。
それは、私が見ないようにしていた『痛み』。
「……人間の命を、奪ったのね」
呟いた言葉は、誰にも届かない。
隣にいる『みれん』にも、届かない。
あの子は、もう『自分のために』は泣かない。
私の『代わり』に、泣いてくれているから。
私は、泣かない。
私は、迷わない。
私は、完璧である。
でも——風が止まった今だけは、ほんの少しだけ、『人間だった頃の私』が、胸の奥で震えている気がした。
それは、罪ではない。
それは、罰でもない。
それは、ただの『記憶』。
私は、忘れない。
でも、振り返らない。
「風は、役に立つ」
そう言って、胸を反らす。
それが、私の『答え』。
それが、私の『赦し』。
そして、次の命令を待つ。
風が、また吹くまで。
◆比翼みれん視点◆
風が止んだ。
それは、命が止んだ音だった。
この一文がすべてを語ってる。
風の終わり=命の終わり。
その静寂は、ただの余韻じゃない。
『取り返しのつかない現実』の証。
制服が三つ。
ねじれて倒れ、動くことなく沈黙している。
その沈黙は、叫びよりも重い。
風がすべてを奪ったあとに残るのは、色と形と、記憶だけ。
「……殺したんだね」
声にはならなかった。
でも、風は知っていた。
みれんの痛みは、言葉にならない。
でも、風はそれを知っている。
なぜなら、彼女も『風の一部』だから。
ふげんは、胸を反らしていた。
誇らしげに。
完璧に。
その姿は、まさに『理想の器』。
でも、理想はときに、『人間らしさ』を切り捨てる。
「……それが、完璧なの?」
問いかけは、誰にも届かない。
でも、みれんの心には、深く突き刺さる。
それは、ふげんへの問いであり、自分自身への問いでもある。
私は、泣いていた。
誰にも見えない涙。
誰にも届かない痛み。
でも、それが——私の『役目』。
ふげんが前を向くために、私が後ろで泣く。
なんて静かな献身。
なんて深い未練。
それでも、彼女は歩く。
風に削られながら。
「ほんとうに。ごめん」。その言葉だけが、私の詠唱。
それは、魔法じゃない。
それは、赦しを乞う祈り。
命を見送るための、静かな呪文。
「……でも、歩くね」
完璧にはなれなかった。
でも、止まらない。
それが、みれんの『赦し』であり、ふげんの『影』としての存在理由。
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