第144話 相翼の競演 前編
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◆比翼ふげん(満島小夜)視点◆
風は、今日もよく吹いている。
羽根は乱れず、詠唱は淀みない。
命令は明確。
対象は、かつての『仲間』。
「……問題ないわ」
その声に、迷いはなかった。
少なくとも、表面には。
完璧であること。
それが、私に課された役割。
それが、私が『私』であるための条件。
かつて、私は選んだ。
誰かを守るために、誰かを切り捨てることを。
その選択を、もう後悔しないと決めた。
だから、今さら迷う理由はない。
たとえ、相手が『あの子』でも。
たとえ、あの時、私の手を取ろうとしてくれた子でも。
「完璧であることは、感情を捨てることじゃない。でも、感情に従うことでもない」
それが、私の結論。
風は、私の意志を映す。
ならば、私は風に恥じないように、ただ正確に、ただ美しく、ただ冷たく。
仲間を殺すことになるかもしれない。
でも、それは『任務』だ。
『命令』だ。
そして、『私が選んだ道』だ。
「私は、比翼ふげん。完璧であることを、私自身に課した者」
だから、私は迷わない。
だから、私は振り返らない。
だから、私は『彼』のために、風を吹かせる。
たとえ、その風が、かつての仲間の命を奪うとしても。
たとえ、その羽根が、かつての自分を切り裂くとしても。
「私は、完璧である。だから、私は美しい。……そうでなければならない。そうでなければ、私は——」
そう言い聞かせるように、風を巻き起こす。
その風は、誰かの叫びをかき消し、誰かの涙を乾かし、誰かの命を奪う。
でも、私は振り返らない。
なぜなら、私の背後には——『私の影』が、すべての痛みを引き受けてくれているから。
私は、ただ前を向いていればいい。
私は、ただ命令に従えばいい。
私は、ただ——完璧であればいい。
それが、私の『赦し』であり、『罰』であり、『存在理由』。
◆比翼みれん(満島小夜の魂)視点◆
ふげんの背は、まっすぐだった。
風を纏い、羽根を揃え、命令に忠実。
誰かを守るために、誰かを切り捨てることを、躊躇わない。
その姿は、美しい。
でも、私は——怖かった。
あれは、私の『器』。
かつての私が、なりたかった『理想』。
誰にも怯えず、誰にも縋らず、ただ正しく、ただ強く。
でも、私は知っている。
その強さの裏に、どれだけの『痛み』があるかを。
その正しさの中に、どれだけの『嘘』があるかを。
ふげんは、仲間を殺すかもしれない。
それを『任務』として受け入れている。
でも、私は——受け入れられない。
あの子は、私を庇ってくれた。
私の魔法を信じてくれた。
私の風に、希望を託してくれた。
なのに、私は—— 風を、私自身のために使った。
仲間を見捨てて、自分だけを守った。
その罪が、私を『みれん』にした。
完璧になれなかった私。
赦されなかった私。
でも、忘れられなかった私。
ふげんは、私の『完成形』。
でも、私は——あれに混ざれない。
あれは、痛みを切り捨てた私。
私は、痛みを抱えたままの私。
ふげんが風を巻き起こすたび、私は、かつての仲間の声を思い出す。
「助けて!」「お願い、守って!」
その声が、風にかき消されていく。
ふげんは、振り返らない。
でも、私は——振り返ってしまう。
そのたびに、風が私を裂く。
羽根が、私の体を貫く。
それでも、私は後ろを歩く。
ふげんの背を見つめながら。
それが、私に残された唯一の『意味』だから。
私は、ふげんに嫉妬している。
でも、同時に——哀れんでいる。
あれは、痛みを知らない強さ。
私は、痛みを知ってしまった弱さ。
どちらが『正しい』かなんて、わからない。
でも、私は——仲間を殺す風には、なりたくない。
だから、私は風に混ざれない。
だから、私は羽根になれない。
だから、私は——みれんのまま。
ふげんが前を向くたび、私は、後ろで泣いている。
その涙は、誰にも届かない。
でも、風は——知っている。
風が、少しだけ揺れた。
それは、私の痛みが、ふげんに届いた証かもしれない。
でも、ふげんは振り返らない。
それが、あの子の『完璧』だから。
私は、ただ歩く。
半歩後ろで。 風に削られながら。
仲間の名前を、心の中で呼びながら。
「ごめんね」。
その言葉だけが、私の詠唱。
誰にも届かなくても、私は、それを唱え続ける。
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