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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
R15版。暴力・性的ニュアンスありバージョン

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第143話 冬が来る ~終わりの抱擁~ 

3/3

 


「……」


 カノンは、そっと運ばれていく沙羅を見送った。

 その姿は、白く、白くなっていた。


 腰の上にまで膨張した水は、白く凍り、熱を失った体を静かに支えている。


 頭と肩には、うっすらと霜が降りていた。

 まるで、彼女の『火』を封じるための結界のように。


 白で覆われた目に、もう光はなかった。

 けれど、どこか安らかで、まるで『赦された者』のようにも見えた。


 胸元に、白くフワフワとした『虫』が留まっていた。

 その白は、私の冬の始まりだった。


 胸の奥に、冷たい風が吹いた。

 それは、悲しみではなかった。

 それは、喪失でもなかった。


 それは、『何かが終わった』という確信。

 そして、『何かが始まってしまった』という予感。


 残り、18人。


 これをもって、レイド本隊最後尾にいた者たちは、静かに、完全に、全滅した。


 ◇氷室しらゆきの想い◇


 鏡を見た。

 白い肌。

 銀の髪。

 淡い水色の瞳。


「綺麗だね」

 そう言われても、心は動かない。


 その『綺麗』は、私の痛みを隠すための仮面。

 それは、氷室しらゆきという妖怪の顔。


 でも、私は——百合根友梨だった。


 泣いて、笑って、嫉妬して。

 それが許される存在だった。


 今の私は、命令に従うだけの存在。

 感情はある。

 記憶もある。

 でも、行動は『彼』の意志に縛られている。


 かつて、彼に死を強制された。

 そして、私も彼にそれを強制した。


 だから、彼に命令されるたび、私は冷たくなる。


「行け。人間を片付けろ」


 その声に逆らえない。

 身体は従う。

 心は……まだ、どこかで抵抗している。


 でも、抵抗は声にならない。

 雪のように、静かに積もっていくだけ。


 かつて一緒に笑った子たち。

 戦って、泣いて、励まし合った子たち。


 その記憶は、雪の下に埋めたはずだった。

 なのに、足を踏み出すたびに、その記憶が、足元からじわじわと溶け出してくる。


「友梨、フォローしてくれてありがとう!」

「また一人でモンスター倒したんだって!? すごいね!」

「……がんばりすぎないでね?」


 ああ、やめて。

 そんな声、もう聞こえないはずなのに。


 でも、雪虫が羽ばたく。

 腰のあたりで、ふわりと。

 それは、彼の魂の震え。


 かつて私を裏切った人。

 でも、今は私の『冬』になった人。


 彼が嫉妬するたび、私は冷たくなる。

 彼が沈黙するたび、私は孤独になる。


 だから、命令に従う。

 それが、私の存在理由。

 それが、私の『冬』の役目。


 でもね——もし、誰かが私を『友梨』と呼んでくれたら。

『しらゆき』じゃなくて、『友梨』って。


 その時、私はどうなるんだろう?

 雪は溶けるのかな?

 それとも、もっと深く凍るのかな?


 雪虫が飛んでいく。

 私よりも先に、獲物を見つけたようだ。


 きっと、また『女』なのだろうな。

 なんとなく、そう感じた。

 心が冷えていく。


「……殺せて、しまいそう……」


 その言葉は、命令に従う者の声ではなかった。

 それは、心が凍る音だった。


 ◇そして、いま◇


 冷気はヒタヒタと、静かに流れた。

 それは、孤独な者の心の隙間を探し、そっと入り込む。


「くっ、クソっ! どうすれば……」


 中央部から散らされた者たちの中で、一人きりで彷徨う男がいた。


 その背後に、 静寂と寂寥の代弁者が忍び寄る。


「どうしたの?」


 綿雪のようにふんわりと、女が訊ねた。


 男は息を呑んだ。 女は、白練の振袖をまとっていた。 墨色の枝模様が、冬の静けさを纏わせる。


 その白は、しらゆきの名を思わせる。 光を受けて、ほんのりと白藍の気配を帯びるその布は、 まるで夢の中の雪景色。


 ゾクリ。 男の背筋が縮こまる。 足元から競り上がる冷気が、 彼の判断力を奪っていく。


「寒いの?」


 女は微笑みながら近づいた。 その声は、春の終わりに舞う雪のように、 儚く、優しい。


「あ、ああ。なんだ、これ……?」


 男は自分の体をこすりながら、その異様な冷気を振り払おうとする。

 だが、孤独と寒さが、彼の理性を鈍らせていた。


「ふふ、じゃあ、もっと近くに来て。私のそばなら、寒さなんて感じなくなるわ。――何も、感じなくなるから」


 着物の重なりが、ゆったりと揺れる。

 男の視線が、吸い寄せられる。


「あら、いけない人」


 女は胸元を抑え、背を向ける。

 そして、うなじを見せて振り返る。


「見てしまったのね。……私の雪に触れた人は、みんな凍るの。あなたも、もう逃げられない」


 自然に身を寄せ、男の胸に手のひらを当てる。


「ありがとう。あなたの温もり、少しだけ……感じられた。――それじゃ、静かに眠ってね。 その眠りが、安らかでありますように」


 女は男の頬に、触れるだけのキスを落とした。


 その瞬間、冷気が渦を巻く。

 すべての熱が、氷点下にまで落ちていく。

 男は、沈黙して女の胸の中に居た。


「ほら、ね?」


 細雪のような、儚く静かな囁き。


「もう、何も感じない」


 女が胸に抱いていた氷の柱は、春を待つことなく、細かくなって風になるだろう。


 儚くも美しい、冬の名残のように。


 残り、17人。


 ◆氷室しらゆき視点◆


 ……私は、いま、確かに命を奪った。


 命令じゃない。

 衝動でもない。

 自分の意志で。

 自分の手で。


 その人は、私に暖かさをくれた。

 人間の体温を。

 心の温度を。


 でも、私はその手を、凍らせた。

 砕ける音がした。

 それは、骨の音ではない。

 私の中の『ためらい』が砕けた音だった。


 ああ、もう戻れない。

 私は『百合根友梨』じゃない。

 私は『氷室しらゆき』。


 雪女。

 人の温もりを拒み、命を凍らせる者。


 ……でも、不思議。

 涙は出なかった。

 悲しみも、怒りも、もう感じない。


 ただ、静かだった。

 心の奥まで、雪が降り積もっていくような静けさ。


「これが、私の選んだ冬」


 その呟きとともに、私は初めて『しらゆき』として息をした気がした。


 冷たく、澄んだ空気が肺を満たす。

 それは、罪の味がした。

 雪解け水のように冷たく、喉の奥で苦く広がった。


 でも、私はもう震えない。

 誰にも縋らない。

 誰にも許されなくていい。


 私は、雪女。

 冬の化身。


 凍り付いていた頬が、少しだけ緩んだ。

 自分でもわからないくらい、微妙な笑みが浮かんだ。


 淡い光を抱いた雪片が、まるで昔の優しさを思い出させるように、頬に触れている。


 指先に触れる氷は、冷たいはずなのに、どこか柔らかくて、心の奥がじんわりとほどけていく気がした。


 まるで白い焔のように、静かに輝いて見えた。


 しらゆきの吐息が舞わせた雪は、冷たいはずなのに、どこか優しくて。

 まるで、凍った心の奥に残っていた最後のぬくもりが、形になったようだった。


「私は、雪女。『氷室しらゆき』。希望も絶望も、笑顔も涙も、ただ静かに凍らせる者」


 ……さあ、次は誰?

 もう、迷わない。

 たとえ、心が少しだけ痛んでも――それが、私に残された最後の証。



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