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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
R15版。暴力・性的ニュアンスありバージョン

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第141話 再会と出会い ~沈む者と食む者~

1/3

 


「ねぇ、人を斬るって、どんな気分?」


「っ!?」


 心臓が跳ねた。 喉が詰まり、息が止まる。


 言い訳を重ねても拭いきれない、手のひらに残る感触。

 刃が肉を裂いたときの、あの柔らかくて、温かい抵抗。


 モンスターではない。

 人間を斬った。

 その記憶が、腕の奥で疼いている。


「し、しかたなかったのよ!」


「そうね。意図しない事故というのよね」


 笑うような響き。

 けれど、冷たい。

 まるで、氷の上を歩くような音。


 その声が、沙羅の理性を引き戻す。

 同時に、心の奥に沈めていた『名前』を呼び起こす。


「あなた、誰?」


 声が震える。

 けれど、問いは硬く、冷たい。

 この場にあるはずのない『誰か』――もしくは、『何か』への問い。


「あら、『私』がわからないのかしら? 沙羅?」


 その名を呼ばれた瞬間、空気が変わった。


 闇に溶け込むような長い黒髪が、風もないのに静かに揺れる。

 まるで、彼女自身がこの世のものではないかのように。


 白いセーラー服の襟元には、深い藍色が映えていた。

 胸元の赤いリボンだけが、唯一の熱を帯びた色として、夜の冷たさに抗っている。


 彼女の瞳は、何かを見つめているようで、何も見ていないようでもあった。


 その表情には、言葉にできない重みが宿っていた。

 見る者の心に、静かな波紋を広げるように。


「『蒼の抱擁』の薫?!」


 その姿は、沙羅のよく知る人物に似ていた。

 火と水――生まれついての属性の違いが、二人の関係を常に軋ませていた。


「な、なんで、あなたがここに? 63階層にいるはずよね?!」


 レイド本隊。

 最精鋭の火属性パーティ。

 水属性の薫は、参加できず、『安全な場所』での待機を命じられた。


 それは、沙羅にとって『優越感を感じられる配置』だった。

 だからこそ、今ここにいることが、理解できない。


「ああ。63階層ね。ええ。みんな、いたわ」


 その言い方に、含みがある。

 まるで、『もういない』ことを知っているかのように。


「今はいないみたいな言い方ね」


「実際、いないのよ」


「え? いない? どういうこと?」


「ダンジョンに安全地帯はないんですって。あるのは、モンスターを配置し忘れている『忘れられた空間』。思い出されたら、どうなると思う?」


 その言葉が、沙羅の胸を冷たく締めつける。


 モンスターが配置される?

 襲われる?


「みんなは、どうしたの?」


「そうねぇ……」


 薫はアゴに指をあて、思案するようなしぐさ。

 その態度が、沙羅の苛立ちを煽る。


「その辺、かしら?」


 手を振られた。

 この辺にいる?


「さっきから、何人か見てるでしょ?」


「ッ?!」


 まさか。

 まさかとは思う。

 でも――


 同じ制服。

 言葉を発する。

 戦略・戦術を用いてくる思考力。

 そして、河童に感じていた『奇妙な親近感』。


 否定する要素よりも、納得できることの方が多い。


 でも、それはつまり――?


 “かつての仲間”が、『敵』として再構築されている。


 安全地帯はなかった。

 そして、忘れられた者たちは、『思い出された』瞬間、モンスターとして配置された。


「な、何人死んだっていうの?」


 予感はあった。

 でも、聞いてしまえば、それはもう『現実』になる。


「いまはいない」とは、一人でも生き残っていれば使えない言葉。


 だから、覚悟はした。

 したつもりだった。


「死んだ人より、生きている人間を数えるほうが楽ね」

「え?」

 それは・・・つまり?


「残りは、あなたを入れて20人。もうじき、19人になるわね」


「ば、バカなこと言わないで! 266人いたのよ?! それが、あと20人って……!」


 声が裏返る。

 喉が焼けるように痛いのに、水の中の空気は、どこまでも冷たい。


「あなたたち、いいえ、私たちはしてはいけないことをしたの。これは、清算なのよ」


「清算? してはいけないこと?」


「ええ」


 空気がざわついた。

 馴染んでいたはずの水が、急に冷たくなっていく。

 まるで、罪の温度を思い出させるように。


「昨日、私たちは計算で人を殺した。救う手立てがあったのにね」


「それは……!」


 気づかなかったのだ――そう言いたいのに、言葉が出ない。


 わかっている。

 誰よりも、自分がわかっている。


「気づこうとしなかったのだ」と。


 特定の一人から、いかに目を逸らし続けていたか。


 常に『彼』にだけ、フィルターが掛かっていた。

 いや――掛けていた。


 見ない。

 聞かない。

 気づかないふりをする。


 それが、どれほど残酷なことか。

 今なら、わかる。

 でも、もう遅い。


 言い繕えない。

 最低の行為。


 でも――


 心の奥で、何かがまだ、言い訳を探している。


『でも』の先に、何を置けばいい?


 赦し?

 後悔?

 それとも、また沈黙?


「それは!」


 私だけじゃない。

 全員同罪でしょ?!


 俯けていた顔を上げ、相手を睨みつけた――


「ヒッ?!」


 喉の奥が引きつった。

 目の前で、長く伸びた舌が波打っていた。


『薫』だったものの顔は白く、清潔そうだった白い上着は、赤く染まっていた。


「か、薫?」


「違うわ。いまの私は『縫緋まとい』。アカナメという妖怪」


 ニタリと笑った顔が近づく。

 その舌が、沙羅の輪郭をなぞるように動いた。


「あ、クッ!」


 体が痺れた。

 力が入らない。

 足が動くことを拒否している。

 まるで、一足先に妖怪の側についたかのように。


「私は人間の垢を食べる。垢、それは罪。だから私は、あなたの罪を味わっているの」


 蕩けるような微笑に、なぜか凄味が加わる。


 アカナメの舌が、まるで意思を持つ蛇のように、沙羅の頬をなぞり、耳の裏を撫で、首筋に絡みついた。


「人間はね、垢を溜めるの。見ないふりをして、擦り寄って、擦り切れて、それでも落とさない。だから、私が食べてあげるの」


 目を細め、アカナメはおいしそうに何かを啜っている。

 啜る音のたびに、沙羅は自分の何かが奪われていくのを感じていた。


 それは罪?

 それは意志?

 それは命?


 罪は軽くなり、意志は希薄となり、命が細くなっていく。


 指先が冷たくなり、胸の奥で灯っていた火が、ひとつ、またひとつと消えていく。


 悲鳴はなく、流血もなく、静かに、ただ静かに。

 命の灯が陰っていく。


「ゆっくり眠るといいわ。起きたら……仲良くできるかしらね?」


 体温を失っていく沙羅を抱えて、『薫』は優しく微笑んだ。


 沙羅の耳の奥で、水音が鳴っていた。

 遠くで誰かが呼んでいるような気がした。

 でも、声は泡になって、すぐに消えた。


 残り、19人。



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