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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
R15版。暴力・性的ニュアンスありバージョン

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第140話 流れを操る者 後編

3/3

 


「え?」


 手応えがあった。

 柔らかく、温かく、刃が何かを裂いた感触。


 躱されると思っていた。

 だから、全力ではなかった。

 けれど、確かに『斬った』。


「人間ってコワイ、コワイ」


 声がした。

 背後から。


 背後にいる?

 じゃあ、今斬ったのは――?


 目を落とす。


 水中で、クドウと目が合った。

 目を見開いたまま、泡も立てず、沈んでいく。


『認識阻害』


 その言葉が、頭の中に響いた。

 まるで、誰かが耳元で囁いたように。


「あ、ああ……」


 喉が震える。

 声にならない。

 手が、剣を持ったまま、小刻みに揺れている。


 自分が何をしたのか、理解した瞬間、全身が冷たくなった。


「ほんと。ヒドイことするわぁ」


 あの声が、水の流れに乗って、背後から、耳の奥に届く。


 ダルマは流れていく。

 つんぷく、つんぷく、と。

 まるで、罪を数えるように。


 水面に浮かぶ赤い着物が、一つ、また一つ、波に揺れて遠ざかっていく。


 残り、20人。


 ◇達磨ふよう視点◇


 ふようは怒っていない。

 悲しんでもいない。


 でも、それは『感じない』のではなく、『感じることをやめた』から。


 かつての自分が、誰かを守るために祈っていたように、今の自分は、誰かを沈めるために祈っている。


 その祈りは、もう誰にも届かない。

 届かなくていい。

 それが、ふようの選んだ道。


「沈むのは、答えを持たない者。それだけのこと」


 ふようが『彼』に恋をしたのは、壊された者同士の共鳴。

 それは甘いものではなく、冷たい水のように静かで、深い。


 彼の孤独に触れたとき、自分の中の空洞が震えた。

 だから、彼の命令に従うことは、忠誠ではなく『理解』だった。


「わたしは、彼の孤独に触れた。だから、わたしは彼の刃になる」


 問いかけと沈黙。

 仲間が死にゆくその瞬間、ふようは問いかける。


 それは裁きではない。

 ただの問い。


「あなたは、誰かを守ろうとしていたの? それとも、自分を守ろうとしていたの?」


 答えられない者は沈む。

 それだけのこと。


「あなたは、何を得ようとしていたの? それは、誰かを犠牲にしてまで得る価値があったの?」


 迷いのない選択。

 ふようは迷わない。

 それは、正しさではなく選択だから。


 後悔もない。

 ただ、静かに流れていく。

 かつての祈りのように。


「私は、もう祈らない。願わない。救わない。それが、私の選んだ道」


 手足を持たないのは、救うことをやめた証。

 ふようはもう、誰にも触れない。


 その身体は、ただ水に浮かび、沈む者を見つめるだけ。

 問いかけるだけ。

 そして、沈めるだけ。


 ◇沙羅の心情◇


 斬った瞬間、彼女の中で、何かが崩れた。


「なぜ、止まれなかった?」「本当に、自分の意志じゃなかったのか?」


 頭では『操られていた』とわかっている。

 でも、心は、それを許さなかった。


「私の手が……あいつを……? 手は、そうだ。でも……!」


 私の身体は。

 私の意志は。

 どこまでが『自分』だった?


 剣を振るったときの感触が、まだ手のひらに残っている。

 温かくて、柔らかくて、『斬ってはいけないもの』を斬った感触。


 その曖昧な境界が、恐怖と自己嫌悪を呼び込む。


 仲間を守る立場にある沙羅が、仲間を傷つけた。


 それは、彼女の中の『正しさ』を、根底から揺るがす。


「私は、守るはずだったのに。それなのに、私の剣は……!」


 この罪悪感は、たとえ仲間が「仕方なかった」と言ってくれても、消えない。


 むしろ、許されるほどに苦しくなる。

『許される』ということは、『本当にやってしまった』という証明になるから。


「次も、また誰かを斬ってしまうかもしれない」


 そう思った瞬間、彼女は自分の剣を信じられなくなった。


 それは、沙羅としての自信を、根こそぎ奪っていく。


「私の剣は、まだ誰かを守れるのか……?」


 そして最後に残るのは、怒り。

 自分を操った存在への怒り。

 でも、それと同じくらい、自分自身への問いが残る。


「私は、本当に『認識阻害』されていたのか? ほんの一瞬でも、『斬ってみたい』と思ってなかったか?」


 その問いが、彼女の心を深くえぐる。


『操られた』という事実の中に、ほんのわずかでも『自分の意志』が混ざっていたのではないか――それが、彼女にとって一番恐ろしい。


 ◇


 水の奥で、ふようは目を閉じたまま、沈んだ者に問いかける。


「あなたは、何を守ろうとしていたの?」


 声は届かない。

 けれど、問いは届く。

 心の奥に、静かに沈んでいく。


 それは、救いではない。

 それは、赦しでもない。


 それは、沈黙の中の裁き。


 答えがなければ、そのまま沈む。

 答えが偽りなら、より深く沈む。


 ふようは目を開けない。

 見ない。

 触れない。

 ただ、問いかける。


 それが、彼女の『刃』としての在り方。



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