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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
R15版。暴力・性的ニュアンスありバージョン

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第139話 流れを操る者 前編

2/3

 

「な、なにしてるの?!」


 沙羅がクドウに詰め寄った。

 その声は、怒りよりも、恐怖に近かった。


 クドウは、自分の手を見て、ぼうっと突っ立っていた。

 指先が、微かに震えている。

 まるで、そこに『自分の意志』が届いていないように。


 目をこすったりしているが、そんなことは気にしていられない。

 沙羅が顔を寄せると、クドウは平然と見返してきた。

 その距離感の狂いに、沙羅の頬が、かすかに赤く染まる。


 でも、詰め寄ったのには、それだけの理由がある。


 キムラは全身ずぶ濡れで、動きが鈍かった。

 水が服に張りつき、関節の動きが遅れる。

 その状態で、河童が背中を押した。


 だが――おかしいのは、クドウの動きだった。


 キムラが前進させられた、その瞬間。

 クドウの剣が、異常な速度で振り下ろされた。

 力も、角度も、まるで『狙っていた』かのように。


「わ、わからない。俺にもわからない。止まろうとしたんだ! だけど、止められなかった。自分の身体じゃないみたいに!」


 その言葉に、沙羅の顔から血の気が引いた。

 背筋が、冷たい水を浴びたように震える。


 脳裏に過るのは、流されたときのこと。


 水の流れに逆らえなかった感覚。

 身体が、誰かに『運ばれている』ような違和感。


 デバフとバフ、両方を使いこなす。

 そんなモンスターがいたら?


 敵が、味方に『加速』を与える。

 その結果、仲間同士が斬り合う。

 それが、『流れを操る者』の戦術。


 敵にステータス向上のバフをかけるなんて、通常は考えられない。

 だが、相手は『妖怪』らしい。

 常識が通じない。

 理屈が通じない。

 だからこそ、怖い。


『流れ』そのものが、敵の武器になる。

 そして、私たちはその流れに逆らえない。


「あらあら、もうバレちゃった?」


 声がした。

 ひどく、沈んだ声だった。

 水底から泡と一緒に浮かび上がってきたような、湿った響き。


「そこよ!」


 カノンが指さした先――水面が、静かに揺れた。


 赤い着物の塊が、浮いては沈み、こちらをじっと見ていた。


「くッ!」


 明らかな人外。

 その存在は、空気を変えた。

 水の匂いが、鉄のように変わる。


 片目は灰色で、感情のない丸い瞳。

 まばたきもせず、ただ、こちらを見ている。


 もう片方の目は、赤い組み紐の眼帯で覆われていた。

 その結び目が、まるで『封印』のように、肌に食い込んでいる。


 濡れた髪が頬に張り付き、首筋を伝う水滴が、水ではなく、血のように見えた。


 それは祈りか、呪いか。

 ただのモンスターではない。


 その姿は、誰かの記憶を写し取ったような『ダルマ』。

 人の形を模しているのに、どこかが決定的に違う。


 水面で、沈んだり浮いたりしている。

 まるで、呼吸をしているかのように。


「つんぷく……ダルマ?」


 カノンの声が揺れていた。

 瞳が震え、唇が乾いている。

 その姿は、信じていたものに裏切られた少女そのものだった。


「おばあちゃんの家にも、あるんだよ! 本物はどこかのお寺だけど。川を流れてきたダルマさんが病気を治してくれたんだって! だから、大切にしてるのに!」


 怒りと悲しみが混ざった声。

 その目は、ダルマのようなシルエットを睨みつけていた。


「病気を治してくれるいいダルマさんなんだよ!」


 その叫びは、まるで『信仰の最後の砦』だった。


「落ち着いて! 相手はただのモンスターよ!」


 本物の妖怪ではない。

 ましてや、郷土の守り神なんかじゃない。


「あ、そ、そうだった!」


 カノンが気を取り直し、魔法の詠唱に入る。


 シャン!


 魔力が高まった瞬間、空気がねじれた。

 まるで、誰かが見えない手で魔法をほどいたように。


「き、キャンセルされた?!」


 呆然とするカノン。

 その瞬間から、異状が続いた。


 シャン!


「目が!」


 視界が黒く染まる。

『暗闇』。

 何も見えない。

 ただ、音だけが耳に残る。


 シャン!


「手が上がらない!」


『麻痺』。

 腕が重く、指が動かない。

 まるで、誰かに縫い止められたように。


 シャン!


「力が入らない!」


『弱体化』。

 膝が震え、呼吸が浅くなる。

 身体が、自分のものじゃない。


 シャン!


「お、重いっ!」


『重圧』。

 背中に何かが乗っている。

 水が、空気が、すべてが重く、沈めようとしてくる。


 シャン! ・・・・・・。


 バシャ!


 カノンが、水中に消えた。

 水の中に押し込まれ、抑え込まれたのだ。


 手を貸そうとするが――びくともしない。

 水が、彼女を『重力の檻』に閉じ込めていた。


「なっ! で、でも、術者を倒せば!」


 それしかない。

 この呪いを解くには、それしか。


 水面で浮沈を繰り返すダルマに、怒りと恐怖を込めて斬りかかった。



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