表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
R15版。暴力・性的ニュアンスありバージョン

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

278/369

第138話 流れゆくもの 後編

1/3

 


 ◇沢辺みどり視点◇


 水が静かになった。

 さっきまでのざわめきが、まるで夢だったみたいに、泡のように消えていった。


 私の周りには、もう誰もいない。

 水面には、赤いリボンが揺れている。

 胸元に貼りついたそれが、鼓動に合わせて、微かに震えていた。


 戦った。

 迷いはなかった。

 でも、痛みはあった。


 キムラの背中を押したとき、彼は振り返った。

 その目が、私を見た。


 驚き。

 恐怖。

 そして、少しの……哀しみ。


 それは、かつての私が持っていたものだった。

 人間だった頃、笑っているふりをしていた私の目と、同じだった。


 私はもう人間じゃない。

 制服は、ただの装備じゃない。

 濡れた袖を握ると、水の冷たさが、私の体温と混ざっていく。


 これは、私が『私』であるための証。


「可愛いよ」って言われたあのとき、私は初めて、鏡の中の自分を肯定できた。皿のある頭も、緑の肌も、水かきのある手も。


 妖怪になったことが、罰じゃなくて、始まりだったんだって。


 でも、戦いの中で、彼らの顔を見て思った。

 私が笑えるようになった代わりに、彼らは笑えなくなっていた。


 あの人たちは、本心で笑えていたのだろうか?

『人間だった頃』の私のように、笑っているふりをしているだけかもしれない。


 だとしたら、それは、悲しいことだった。


 私は彼らにとって理解しがたい存在だっただろう。

 脅威で、異物で、排除すべき対象。


 でも、私は——ただ、笑えるようになっただけだった。


 制服の袖を握る。

 濡れた布の感触が、私の指に馴染んでいる。


 それは、『人間だった頃』の名残じゃない。

『今の私』が選んだもの。

『妖怪の私』が、誇りを持って着ているもの。


 水の中は静かで、優しい。

 でも、そこに沈んでいく彼らの姿は、私の心をざわつかせる。


 戦いは終わった。

 でも、問いは残る。


 私は、これからも戦う。

 でも、誰かが「可愛いよ」って言ってくれる限り、私は、笑える。


 それが、私の『強さ』なんだと思う。


 私は河童。

 私は沢辺みどり。


 私は、もう『人間』じゃない。

 でも、『人間だった頃』よりも、ずっと『私』になれた。


 残り21人。


 ◇揺れる視線、揺れる心◇


(沙羅視点)


 水は静かになった。

 さっきまでのうねりが嘘みたいに、ただの水面が、鏡のように広がっている。


 でも、そこにいた『彼女』の気配は、まだ消えていない。


 河童――そう呼ぶには、あまりにも人間に近かった。


 黒のセーラー服。

 赤いリボン。

 濡れて肌に張りついたその制服は、私たちと同じもの。

 でも、彼女が着ると、まるで別の意味を持っていた。


 おそらく、かつては人間だった。

 その仕草、目線、笑い方。

 どこかに『人間の記憶』が残っている気がしてならなかった。


 それなのに、あの肌。

 あの甲羅。

 あの皿。

 そして、あの笑顔。


 あれは、勝者の笑顔だった。

 でも、どこか悲しげで、どこか優しくて。

 まるで、私たちを責めていないような、そんな顔だった。


 キムラはまだ戻ってこない。

 水の中に消えたまま。

 彼女に連れて行かれた。

 それが、事実だ。


 でも、あの瞬間――彼女が制服の袖を握っていたのを、私は見た。


 その指先は、震えていた。

 まるで、自分の存在を確かめるように。

『人間だった頃』の記憶を、手繰り寄せるように。


 私は、抗った。

 敵として、彼女を排除しようとした。

 それが、正しいと思っていた。


 でも、今になって思う。

 あの子は、本当に『相対するもの』だったのか?


 彼女は、笑っていた。

 それは、私たちが忘れてしまった笑顔だった。


 探索者として、戦い続けるうちに、私たちは『笑う』ことを、どこかに置き忘れてしまった。


 彼女は妖怪になった。

 でも、笑えるようになった。

 それが、彼女の『強さ』だったのかもしれない。


 制服は、ただの装備じゃない。

 それは、彼女の『誇り』。

 人間だった頃を否定するためじゃなく、今の自分を肯定するために、彼女はそれを着ていた。


 私は、まだ人間だ。

 でも、あの笑顔を見てしまった。


 だから、もう――彼女と『敵として向き合う』ことが、できないかもしれない。


 水面に映る自分の顔が、揺れている。

 目元が、少し赤い。

 唇が、かすかに震えている。


 それは、恐怖じゃない。

 羨望だったのかもしれない。


 そんなはずはない。

 私は、まだ人間だ。

 人間でいることを、諦めきれない人間だ。


 だから――『羨望』なんてしていいわけがない。


『アレ』は敵だ。

 戦って倒すべき敵。


 私は、制服の裾を握りしめる。

 濡れた布が、手のひらに張りつく。

 その冷たさが、私を現実に引き戻す。


 私は、まだ人間だ。

 だから、戦わなきゃいけない。

 揺れてなんか、いられない。


 でも――胸の奥のざわつきだけは、どうしても、消えてくれなかった。



読了・評価。ありがとうございます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ