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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
R15版。暴力・性的ニュアンスありバージョン

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第135話 熱意のこもる泥 後編

1/3

 


「だから言ったのに、引き返せって」

「ひっ!」

 頭の後ろで声がして、振り返る。

 スカートでしゃがみ込む『女』がいた。


「この泥はね、誰かが言えなかった言葉でできてるの」

 みずほは、泥の中から聞こえる声に耳を澄ませた。


「ごめん」「待って」「好きだった」

 それらが、熱を持って彼女の足元を撫でていた。


「ど、泥の声? どうかしてる!」

 女子Dは必死に体を動かした。

 泥から逃れようとする。


 だが、その動きは徐々に緩慢になっていく。

 彼女自身の疲労によるものではない。

 泥が硬化し始めていた。


「泥は乾くのよ?」


『女』の声が、 耳の奥に直接流れ込んでくるようだった。


 女子Dは必死に足を引き抜こうとした。

 だが、泥はもう、ただの泥ではなかった。


 足に絡みついたそれは、まるで指のように、彼女のふくらはぎを撫で、膝裏にまとわりつき、 太腿を這い上がってくる。


「や、やめて……!」


 泥の中から、声がした。


「……ありがとうって、言いたかったの」

「……どうして、置いてったの?」

「……わたし、まだ、ここにいるのに」


 女子Dの足元が、まるで『誰かの腕』に変わっていく。


 泥が乾き、硬くなり、彼女の脚を『記憶の棺』に閉じ込めていく。


 冷たい。

 でも、熱い。

 心の奥を、焼かれるように。


「やだ……やだ、やだやだやだっ!」


 叫び声が、通路に響いた。

 だが、誰もいない。

 もう、誰もいない。


「ウソ、ウソ―!」

 泥が固まり、女子Dは通路の一部のようになっていた。


 どうやっても抜け出せない。

 それどころか、足を一ミリも動かせない。


「フレアアロー!」

 眼下の石の床に撃ち込んだ。

 乾いた土が柔らかくなる。


「やめた方がいいと思うけど?」

「フレアアロー、フレアアロー、フレアアロー!」

 女の言葉を無視して、魔法を撃ち続ける。

 固まりかけていた泥がどんどんと柔らかくなる。


「これなら!」

 抜け出せる!


 床に手をついた。

 ズボッと沈み込む。


「え?」

 力を込めたとたん、腕が肘まで埋まる。


 両腕だ。

 そして・・・。


「あ、あつい・・・」

 足元から熱が伝わってくる。

 泥が熱を持っていた。


「泥風呂ね。・・・肌がすべすべになるわ。・・・サウナ、好き?」

「アツ! 熱い!」

 逃れようとする女子D。

 その体に、泥から這い出た手が掴みかかる。


 一本、二本・・・。

 数えられないほど重なっていく。


「あつい、熱いィィィィィィぃ!」


 女子Dの悲鳴が、通路に反響する。

 泥が、まるで生き物のように蠢き、彼女の脚を、腰を、腹を、じわじわと飲み込んでいく。


 蒸気を含んだ泥が、肌にまとわりつき、毛穴の奥まで熱を流し込んでくる。


「やだ……やだ……!」


 皮膚が赤く染まり、汗と泥が混ざって、彼女の体を艶やかに濡らしていく。


 逃れようとした腕に、泥の中から伸びた手が絡みつく。


 ざらついた感触。

 爪のない指先が、彼女の手首を撫でるように握る。


 一本、二本、三本…… 無数の手が、彼女の身体を撫で、引き寄せ、まるで『愛おしむように』抱きしめてくる。


「やだ……やだってば……!」


 泥の中で、彼女の声は泡になって弾けた。

 言葉にならないまま、熱と湿気に溶けていく。


 そのとき――誰かの手が、彼女の手を優しく握った。


「……また会えた。もう、離さない」


 その声に、心の奥が震えた。


 知ってる。

 知ってるはずなのに、思い出せない。


 泥が、記憶を曖昧にしていく。

 名前も、顔も、感情も、すべてがぬるま湯の中で溶けていく。


 最後に残ったのは、目を見開いたままの彼女の顔。


 白い湯気が、頬を撫でる。

 まるで、誰かが「よく頑張ったね」と 髪を撫でてくれているように。


 頬はほんのりと赤く、その表情は、どこか安らかで、まるで『愛された記憶』に包まれているようだった。


 逃亡。

 そして、拒絶。


 彼女の罪は、泥に溶け、蒸気となって、ゆっくりと沈んでいった。


「泥になってしまうわね?」


 稲田みずほは、笑うように、憐れむように呟いた。

 その声は、泥の温度と同じくらい、ぬるく、重かった。


 彼女が腰を下ろすと、泥の中から、巨大なウシガエルが這い出てきた。


 背中には、無数の腕。

 それぞれが、誰かの名前を持っていた頃の記憶を宿している。


 指先には、指輪。

 手首には、傷跡。

 爪には、色が残っていた。


「私も、ちょっと熱いわ」


 みずほは、胸元をはだけた。

 白いTシャツの中央に描かれたカエルが、まるで『笑っているように』歪んでいた。


 制服のジャケットは、乾いた泥のようにひび割れ、袖の内側からは、陽に焼けた肌と、泥に染まった血管が覗いていた。


 赤いネクタイが、風に揺れるたび、まるで『誰かの舌』が問いかけてくるようだった。


 彼女の髪は、黒から金へと変わる稲穂色。

 その長い髪が、背後の泥の気配を撫でるたび、泥が静かに泡立った。


 ウシガエルの背中から伸びる腕たちは、誰かに届こうとしていた。

 それが、罰を求めているのか、救いを求めているのかは、誰にもわからない。


 稲田みずほは、静かに立っていた。

 問いかけるでもなく、答えを待つでもなく。

 ただ、そこにいる。


 泥田坊としての彼女が司るのは――


 場所を守る義務。

 蓄積される想い。

 責任の追及。

 そして、警告。


 彼女は、罪へと向かう者に叫ぶためにいる。


「ひーきーかーえせー!」


 ◇


 泥の中から、かすかな声がした。


「……ずっと、いっしょ……」


 その声は、 耳ではなく、皮膚に直接触れてくるようだった。


「いや、いやよ。わたしは! わたしって……だれ?」


 女子Dの声が震える。

 言葉を発するたびに、泥が口元にまとわりつき、『言葉そのもの』を奪っていく。


 名前が、思い出せない。

 顔も、過去も、すべてが泥の中で混ざっていく。


 それは、名前を失った誰かの、最後の記憶だった。


 そして、その『誰か』が、今の彼女なのかもしれない。



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