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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
R15版。暴力・性的ニュアンスありバージョン

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第133話 軽めの女と重い足

2/3

 


「はぁはぁ」

「な、なんとか逃げられたか?」

「そうみたい。でも・・・」

「問題は合流か」

 ダンジョンの深層65階層。

 二人きりで乗り越えられる状況ではない。

 何よりも、まず考えるべきは、散り散りになった仲間との合流だった。


 ともかく、仲間を増やす。

 それが全て。


 顔を見合わせて、頷き合う。

 認識と方針が一致した。


「どっちに行くか、だな」

 来た道には戻れない。


 そうすると、彼らの進める道は、夢中で逃げ込んだ横道の奥。

 もしくは、右側に見える脇道。


「誰かと合流するためなら・・・右じゃない?」

 全員が同じ通路から左右か前後に逃げたはず。


 なら、元の道と平行に伸びている右への通路を選ぶべき。

 女子Dがそう言った。

 男子Dも頷こうとする。

 そこへ・・・。



 『たすけて』

 声が聞こえた。

 通路の奥からだった。


「声、したよな?」

「女の子の声、よね?」

 幻聴ではないか?

 お互いに確認しあう。


「行ってみるか」

「う、うん」

 二人は奥へ、ゆっくりと歩き出した。



 『助けて!』

 通路の奥に少女がいた。

 床に這いつくばるようにして、両腕で身体を支えている。


 『あしが、足が!』

 必死な様子で訴えてきた。


「足を痛めたのか、待ってろ。いま」

 急いで手を貸そうと駆け寄る男子D。

 その背中に、女子Dの声が届く。


「ねぇ。その子、だれ?」

 自分たちと同じ人間に『見える』。

 制服も着ている。


 だけど、見覚えがない。

 少なくとも、65階層へ来たときの24人ではなかった。


「え、君・・・は?」

 男子Dの目が倒れている女の足を・・・『見なかった』。


「え、足?」

 『うん。そうだよ』

 腕が男子Dを掴んだ。


 『足が無くなっちゃったの』

 言い切った少女が、男子Dの服を頼りによじ登り、のしかかった。


 『私、軽いでしょ?』

 みぞおちから上しかない女がニタリと笑う。

 感情が抜け落ちたような瞳が見開かれ、男子Dを見つめている。

 手に刃の薄いナイフが握られていた。


 男子Dの背に、『何か』がのしかかっていた。


 ナイフは、もう見えない。

 だが、みぞおちの奥に、冷たい『重さ』が沈んでいく感覚だけが、確かにあった。


 膝が、床に落ちる。

 床が揺れているように感じたのは、彼自身の感覚が、崩れていたからだ。


「あ、あ、あ」


 女子Dの声が、断続的に空気を震わせていた。


「助けてくれ!」

 男子Dの叫びが、ダンジョンの壁に吸い込まれていく。


 その背後で、少女は笑っていた。

 声もなく、ただ口元だけがゆっくりと歪む。


 制服の裾が、ふわりと揺れる。

 中は空っぽ。

 それでも、そこに『彼女』がいることだけは、誰の目にも明らかだった。


 鳩尾の下、白い包帯。

 そこから漏れる泡のような光が、まるで『心臓の代わり』のように脈打っていた。


 ぱっつん前髪が、 セミロングの髪とともに、ダンジョンの呼吸に合わせて、静かに揺れる。


 風が吹いていないのに。


 その髪は、かつて誰かに撫でられた記憶を、もう一度感じようとしているようだった。


「ひぃっ!」

 女子Dは逃げ出した。


 全力での疾走。

 瞬く間に見えなくなった。


 『あらあら。嫌われちゃった? 大丈夫よ、私がいるわ』

 少女の体温が男子Dを、そっと包み込んだ。


 ◇園下ひろ視点◇


 彼が逃げようとしている。

 でも、もう遅い。


 わたしの腕は、彼の足首に絡みついていた。

 骨の浮いた細い手首が、彼の温かい皮膚に食い込んでいる。

 かつて私も持っていた、その足。

 今は、震えている。


「怖いの?」

 そう問いかけたかった。

 でも、声は出ない。

 喉の奥に詰まった空気が、泡のように漏れるだけ。

『園下ひろ』の名で行動するときのわたしはもう、『問いかける者』ではない。


 彼の顔が、わたしを見ていない。

 見ないようにしている。

 それが、痛かった。

 まるで、わたしの存在を『なかったこと』にするみたいに。


「見てよ。わたしの足を、わたしの誇りを、わたしの名前を」

 でも、彼は見ない。

 無いからではなく、「見たくない」から。


 それは当然の。

 だけど、哀しい拒絶。

 だから、わたしは『奪う』ことにした。


 彼の命。

 彼の視線。

 彼の記憶。


 ぜんぶ、わたしのものにする。

 それが、愛だと思った。

 わたしの存在を、彼の中に刻みつける方法は、それしかなかった。


 それが、誇りの最後の使い道。


 わたしは、彼の足を掴み、引きずる。

 爪の剥がれかけた指先で、彼の肌をなぞる。

 その足が、わたしの足に似ている気がして、少しだけ泣きそうになった。


 ねぇ、この足はどれくらい早かった?


 どのくらい高く飛べたの?


 誰かを追いかけたこと、ある?


 それとも、誰かから逃げたことしかないの?


 土を蹴るときの感触は覚えている?


 ほら、親指がある。

 ふふ、少し爪が伸びてるよ?

 噛み癖、あるの?

 それとも、誰かに噛まれた?


 人差し指。

 不思議だと思わない?

 足の指で、人なんて、指ささない、よね?

 ふふ、おかしい。


 中指。

 真ん中の指。

 中心にあってバランスをとるんだね。

 ふふ、ちょっと下向きに曲がってない?

 誰かに踏まれたの?

 それとも、何かを蹴ったの?


 薬指に小指。

 細くてちっちゃいけど、とっても大事。

 あはは、ないと転んじゃうよ?

 わたしは、転んだまま、立てなかった。


 くるぶし、あはっ、かわいいね?

 足首、うふふ、男の人でも細いんだ?


 脛、細いとこからどんどん太くなる。

 あふ、しっかりしてるね?


 ひざ、丸さが好き。

 裏から見た筋肉の張りが好き。


 太腿、太くて逞しい。

 私が持ってたウエストより太くない?


 全部、全部、わたしの代わり。

 わたしの『あったはずのもの』を、あなたが持ってる。


 全部好き。

 大好き。

 大好きだったけど、・・・もうないんだ。


 でも、涙は出ない。

 もう、出せない。


 わたしの目は、もう『濡れる』ことを忘れたから。

 わたしは、もう人間じゃないから。


 ◇男子D視点◇


 逃げた女子Dの背中が、もう見えない。

 声は届かなかった。


「なんで・・・」

 彼女の顔も、制服も、瞳も、全部が『人間』に見えた。

 でも、違った。

 包帯の下から漏れる泡の光が、床を染めていく。


 足が掴まれて、なんかやたらと優しく扱われている。

 大切にされている。


「逃げたのが人間で・・・抱きしめてきてるのが・・・妖怪? ふふ、変なの!」

 それが、最後の言葉だった。

 笑っていたのか、泣いていたのか——誰にもわからない。


 闇が、静かに彼を包み込んだ。


 ◇


『ほら、ね? あたたかい』


 その声は、母のようで、恋人のようで、でも、どこか『自分自身の声』にも聞こえた。


 男子Dの意識が、泡のように浮かび、弾けていく。


 記憶が、音もなく剥がれていく。

 名前も、顔も、痛みも、全部。


 ただ、最後に残ったのは――『たたかい』という感覚だけだった。


 二人は、闇に溶けた。

 まるで、最初からそこにいたかのように。



 残り、23人。


 ◇


 女子Dは、走りながら、誰かの名前を呼んだ。

 それは、自分がまだ『人間』であることを、確かめるための声だった。



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