第129話 主力の到達 ~ようこそ、三途の川中学校へ~ 前編
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苦闘しつつも、主力が64階層へと戻ってきた。
昨日よりも装備の損耗が激しい。
なにより、人数が減っている。
「……すごい」
誰かが呟いた。
昨日訪れたときには、『山の中の開けた空間』――そんな雰囲気だった。
だが今、そこにあるのは――無機質な灰色の空間。
色がない。
音もない。
空気すら、冷たく沈黙していた。
しかも、その空間は、はっきりと歪んでいた。
床には、巨大なクレーター。
まるで、何かが地面を抉り取ったような深い窪み。
四方の壁も、天井も、同じように歪んでいた。
爆風に押し潰されたような凹み。
焼け焦げた痕跡。
剥がれ落ちた構造材。
それは――カルマを消し飛ばした爆発の爪痕。
空間そのものが、痛みを記憶しているかのようだった。
ダンジョンの内部構造が変わるほどの爆発。
ただの攻撃ではない。
『存在を否定する力』だった。
主力たちが、言葉を失うのに十分な威力だった。
「ははは、こいつはすげぇや。これほどかよ」
「木っ端微塵だぜ。助かりようがねぇ! アイツも、『ダンジョンマスター』もな!」
ここに来るまで、 カルマの自爆が本当にダメージを与えたのか――そんな疑念もあった。
だが、目の前の光景がすべてを物語っていた。
溶けたコンクリートのような床。
すり鉢状に抉れた巨大なクレーター。
焼け焦げた空気の匂いが、まだ残っている。
「ドロップアイテムよ!」
誰かが叫ぶ。
その声に、皆の視線が一点に集まった。
クレーターの中心。
黒く焦げた地面に、ぽつんと残された『甲虫の角』。
それは、ダンジョンマスターの威容を象徴する遺物。
「待て!」
急いで回収しようとする仲間を、 一人の男が制止した。
「『鑑定』」
スキルが発動する。
空気が一瞬、静まった。
「……間違いねぇ。ダンジョンマスターの討伐アイテムだ!」
「うぉぉぉぉ!」
「やったぁぁぁ!」
歓声が上がる。
世界初の快挙――その瞬間だった。
あとは、あれを持ち帰るだけで英雄になれる。
名誉。
報酬。
未来。
すべてが手に入る。
我先にと、雪崩を打って突進していく。
だが―― 誰も気づいていなかった。
その角の影が、わずかに揺れたことに。
「ぎゃあ!」
先頭を走っていた戦士が、仰け反った。
地中から突き出した土の槍が、腹を貫通している。
「な! まだ敵がいるのか?!」
慌てて足を止め、戦闘態勢をとる。
その瞬間――空気が変わった。
静かすぎる。
音が、消えたような感覚。
誰かが、息を呑んだ。
「……いる」
一葉が、呟いた。
クレーターの縁に、影が立っていた。
人間のような輪郭。
だが、何かが異様だった。
歪んだ制服のような布。
白く、無表情な仮面。
目の部分だけが、黒く塗り潰されている。
その仮面の人影が、ドロップアイテムを抱え上げた。
そして――舞台役者のような芝居がかった礼。
誰に向けたのかもわからない、不気味な『演出』。
そのまま、身を翻し、奥へと消えていった。
残されたのは、沈黙と、血の匂い。
「人間みたいだったわ」
女子が、青褪めて呟く。
胸元の赤いリボン。
自分たちと同じ制服に見えた。
しかも――女性。
仕草や動きに、既視感がある。
だけど、確定するにはおぼろげすぎた。
ただただ、『自分と同じ制服』かもしれないという事実が、不安を募らせていく。
「な、なんだ? あれ?!」
呆然と立ち尽くす主力たち。
「『サブマスター』だとさ」
静かに告げたのは、『鑑定』を使う男だった。
「サブマスだ?! んなもんいたのか!?」
「だから、モンスターもおかしくなっていたのね?」
「支配者が変わったからってことか?!」
属性変更や、異常な挙動。
謎だったことが、一気に説明可能になったように思えた。
そういうことだったのか――と、騒ぎ始める。
だが、それは――間違い。
彼らには、知りようもない。
仮面の女が『何者』なのか。
『誰』なのか。
『何のために』現れたのか。
その答えは、まだ――舞台の奥に、隠されていた。
「ここは一度引くべきじゃない?」
それでも、冷静な者はいた。
仕切り直そうと、提案がされた。
「ダメだ。このまま進む!」
リーダーは、それを即座に却下した。
「なんでよ?!」
「昨日までは犠牲0だった。今日はどうだ? 明日、もう一度ここに来るのに、何人死なせるつもりだ?」
「そ、それは、でも――!」
「見たところ、サブマスは『強さ』ってより『策を弄する』タイプだ。時間をやればやるほど、新しい罠を用意して待ち構えられる。今、追いかければ、ワンチャンある! どっちを選ぶかって話だ」
ここで引けば――最悪、何もかもが水の泡。
『ダンジョンマスター』は討伐した。
だが、討伐部位の持ち帰りに失敗したという報告しかできない。
全校あげての大掛かりなレイド。
犠牲も出した。
ここは、多少のリスクを押してでも、追跡して、これっきりのチャンスに賭けるべき――!
それが、リーダーの判断だった。
「……わかった。 だけど、私は命をかけてまで名誉って女じゃないの。 危険だと思ったら、逃げるわよ?」
「好きにしろ」
主力は、再び前進を開始した。
その背中に、『勝利』と『破滅』の両方が、静かに重なっていた。
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