第123話 揺れる隊列(女小隊長A視点) 前編
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「サブリーダー、どうしたんですか? さっきまで普通だったのに……」
「連絡も取れないんですけど……まさか、何かあったんですか?」
レイドメンバーたちの声が、次々と飛び交う。
不安と疑念が、隊列の隙間からじわじわと染み込んでくる。
女小隊長A――沙羅は、隊の後方からその空気を感じ取っていた。
誰もが、何かがおかしいと気づいている。
でも、誰も口に出せない。
リーダーは、静かに息を吐いた。
そして、表情を崩さずに答えた。
「体調不良だ。少し前から無理してたみたいでな。今は休養を取らせてる。連絡は控えてくれ」
一瞬、沈黙が落ちた。
その言葉は、あまりにも整いすぎていて、逆に不自然だった。
「えっ……でも、そんな急に?」
「急に倒れることもある。レイドの準備で負担も大きかったからな。ポーションを乱用していたようだ。度を超すと効かなくなる。今は、そんな状態なんだ。回復を優先するべきだ」
その言葉に、メンバーたちはしぶしぶ頷いた。
納得ではなく、沈黙の選択。
誰もが疑問を抱えながらも、リーダーの言葉に逆らうことはできなかった。
女小隊長Aは、リーダーの横顔を見つめた。
その瞳の奥に、苦い決意が滲んでいるのがわかった。
キリトは、内心で苦い思いを噛みしめていた。
本当の理由は言えない。
言えば、チームが崩れる。
だから、守るしかなかった。
秩序を。
信頼を。
そして――一葉を。
「体調不良、ね……」
沙羅は、誰にも聞こえないように呟いた。
その声には、冷ややかな違和感が滲んでいた。
サブリーダーが、突然姿を消した。
リーダーは冷静に「休養中」と言った。
でも、何かが違う。
空気が、異様に張り詰めている。
そして―― 彼女の端末に、一通の個人チャットが届いていた。
送信者は……サブリーダー。
『一葉に気をつけて。彼女は罪を隠すためにリーダーにすり寄っている。あなたの隊にも影響が出るかもしれない。これは警告よ。』
その文面を見た瞬間、沙羅の中で、何かが繋がった。
最近囁かれている、『先駆けA班』による目的物独占疑惑。
その不自然な動き。
サブリーダーの失踪。
そして――一葉の行動の、リーダーへの急接近。
「……内輪もめ、か」
呟きながら、彼女は視線を巡らせた。
隊の中に、わずかに揺れる空気がある。
そこに、火種を落とすのは簡単だった。
あえて、何人かのメンバーにそれとなく話を振る。
「先駆けA班の全滅って、本当かしら?」
「サブリーダーが抜けたのって、もしかして……内部の争いだったりして」
言葉は、あくまで曖昧に。
確証は与えない。
でも、疑念という種は、確実に撒かれていく。
そしてその種は、静かに、確実に、隊列の隙間に根を張っていく。
信頼は、音もなく崩れる。
秩序は、内側から腐っていく。
沙羅は、何も言わずにその様子を見つめていた。
揺れる隊列の中で、誰が沈み、誰が浮かび上がるのか――それを見極める目だけは、曇らせないように。
女小隊長Aは、冷静だった。
感情ではなく、秩序のために動いている――そう、自分では思っていた。
けれど、その目には、確かに一葉への警戒が宿っていた。
それは、理性の仮面をかぶった本能のざわめき。
◇
「先駆けB班、今どこまで進んでる?」
端末越しに連絡を取る。
表向きは進行状況の確認。
でも、本当の目的は――情報の裏取り。
「A班が実は健在って噂。どう思う?」
全滅したはずのA班。
その情報を最初に流したのは、B班のリーダーの彼女だった。
だが今、その情報に綻びが見え始めている。
B班の隊長は、少し沈黙してから答えた。
「……妙な点は多いわ。一番おかしいのは、スマホの通信状況。全滅してるなら『通信不能』になるはず。でも、既読にはならないのに、受信はしてるっぽいの。ひとつ残らずね」
「ダンジョンのどこかに放置されたスマホが、壊されもせず、全部生きてるってこと?」
「そういうこと」
その言葉に、女小隊長Aの胸がざわついた。
サブリーダーからの警告が、脳裏に浮かぶ。
『一葉に気をつけて。彼女は罪を隠すためにリーダーにすり寄っている。』
もしも――リーダーよりも前から、一葉がA班と通じていたとしたら?
その時だった。
端末に、新たな通知が届いた。
受けたのは、B班との連絡に立ち会ってくれていた小隊長B。
そっと画面を見せてくれた。
送信者は――一葉。
『女小隊長Aが、B班と裏で連絡を取ってます。何か探ってるみたいです。各自、気を付けて』
その文面に、女小隊長A——沙羅は目を細めた。
一葉が、こちらの動きに気づいている。
そして、幹部たちに――リーダーに、告げ口をしている。
「……いきなりサブリーダー気取りね」
幹部たちの連絡用チャット。
本来、一葉にはアクセス権限がない。
それなのに、彼女はそこにいる。
サブリーダーの警告が、急に現実味を帯びてきた。
罪を隠す者は、情報の流れに敏感だ。
そして、疑念を潰すために、先手を打つ。
女小隊長Aは、静かに端末を閉じた。
冷静さの裏で、心が静かに軋む。
疑念は、もう『可能性』ではない。
『兆し』になっていた。
そしてその兆しは、やがて『確信』という名の刃に変わる。
女小隊長Aは、端末を閉じた。
そして、静かに――別のルートを開いた。
それは、隊列の秩序を守るための、最初の『監視』だった。
誰かを疑うということ。
誰かを見張るということ。
それは、秩序を守るための『必要悪』――そう、自分に言い聞かせる。
画面に映るのは、アクセスログ。
通信履歴。
位置情報の断片。
そして、非公開チャネルの動き。
「……一葉。あなたが何者なのか、確かめさせてもらうわ」
声は低く、感情を押し殺していた。
これは、私情じゃない。
これは、秩序のため。
だが、心の奥底では、別の声が囁いていた。
――もし、あの子が本当に『中枢』に触れていたとしたら?
――もし、すべてを操っていたとしたら?
その時、私は―― 何を守り、誰を信じる?
女小隊長Aの指が、静かに動く。
監視は始まった。
沈黙の中で、真実を暴くために。
評価いただけると続編を書く意欲に直結します




