第121話 崩壊する関係 前編
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「なんであなたが彼と二人きりなの!」
怒声が、空気を裂いた。
その場の温度が、一瞬で変わる。
振り返ると、サブリーダー真梨華が立っていた。
肩を震わせ、目を見開き、怒りに満ちた顔。
その視線は、まっすぐに一葉を貫いていた。
「答えなさいよ! 一体どういうつもりなの!」
一葉は、ほんの少しだけ首を傾けて、微笑んだ。
その笑顔は、挑発でも反抗でもない。
ただ、冷たく、静かだった。
「彼が一人だったから、声をかけただけよ。それとも、誰かと話すのにあなたの許可がいるの?」
その一言が、真梨華の怒りに火を注ぐ。
顔がさらに紅潮し、唇が震える。
言葉が追いつかない。
怒りが、感情の器から溢れ出していた。
キリトは、ただ黙って二人を見ていた。
真梨華の怒りは、正当なはずだった。
でも、今の彼女は――感情に飲まれていた。
そして、脳裏には、あの映像がよぎる。
密会。
笑顔。
触れ合い。
裏切りの記憶が、彼女の怒りを正当なものではなくしていくむ。
「……落ち着けよ」
キリトの声は低く、静かだった。
その一言に、真梨華が驚いたようにこちらを見る。
その目には、怒りと戸惑い、そして――恐れが混ざっていた。
「あなた……私の味方じゃないの?」
問いかけに、キリトはすぐには答えられなかった。
言葉が、喉の奥で詰まる。
何を言っても、何かが壊れる気がした。
一葉は、何も言わずにキリトの横に立った。
その距離が、妙に自然だった。
まるで、最初からそこにいるべきだったかのように。
真梨華の声が震える。
「まさか……この子の肩を持つの?」
キリトは、答えなかった。
ただ、一葉の冷静さと、真梨華の激情を見比べていた。
どちらが真実か。
どちらが信じるに値するか。
心の中で、何かが静かに傾いていくのを感じていた。
信頼とは何か。
絆とは何か。
そして、今――誰を信じるべきなのか。
答えは、まだ出ていない。
でも、天秤は確かに、一葉の方へと傾き始めていた。
真梨華は、震える手でスマホを取り出した。
だが、その動きに激情はなかった。
その目は、今度こそ――冷静だった。
「あなたが、どんな顔で彼に甘えていたっていいわ。でも――これは、どう説明するの?」
画面に映るのは、一葉。
制服姿で、誰かに小瓶を手渡している。
ラベルには、見慣れた文字。
『エリクサー』
空気が変わった。
さっきまでの口論が、急に重くなる。
空気が、凍りつく。
一葉は、画面をちらりと見ただけで、すぐに視線を戻した。
その仕草すら、計算されているように見えた。
「それ、どこから手に入れたの?」
声は落ち着いていた。
でも、瞳の奥に、わずかな焦りが滲んでいた。
キリトは、言葉を失っていた。
この場にいる誰もが、何かを隠している。
「横流しの証拠よ。あなたが何をしていたか、これで全部わかる」
真梨華の声は、静かに、鋭く刺さる。
怒りではない。
確信と、勝利の予感。
だが――
一葉は、ほんの少しだけ笑った。
「それがどうしたの? 私が何か違法なことをしたっていう証拠にはならないわ。ただの物の受け渡しよ。それに……あなたがこれを持ってるってことは――誰かがあなたに渡したってことよね?」
その一言に、真梨華の眉がぴくりと動いた。
勝者の顔に、初めて影が差す。
キリトは、二人のやり取りを見つめながら、心の中で何かが崩れていくのを感じていた。
信じていた人が、嘘をついていた。
でも、もう一人も、何かを隠している。
この場にいる誰もが、完全には信用できない。
それでも――
一葉の冷静さと、真梨華の執着の差が、天秤をさらに傾けていく。
「……一葉、話がしたい。二人きりで」
その言葉に、真梨華が目を見開いた。
裏切られたときの、あの目。
怒りと痛みが、混ざり合って濁っていく。
一葉は、静かに頷いた。
ただし、場所を移すことはできなかった。
真梨華が許すはずもない。
だから、スマホを取り出し、画面を見せた。
そこには――先ほど真梨華が見せたのと、まったく同じ動画。
制服姿の自分が、小瓶を手渡す瞬間。
同じ角度。
同じタイミング。
同じ『証拠』。
「……あなたが持ってるものは、私も持ってる」
その言葉は、刃だった。
『証拠』は、武器にも、盾にもなる。
そして今、 誰が仕掛け、誰が操られているのか――その境界が、音もなく崩れていく。
「これ、私のところにも送られてきたの。匿名で、『気をつけて』って一言だけ添えられて」
一葉の声は、静かだった。
けれど、その静けさが、キリトの胸をざわつかせた。
眉をひそめる。
何かが、また崩れそうな予感。
「きっと、サブリーダーが裏で動いた結果よ。誰かと結託して、私を排除しようとしてる。 そう考えるのが自然じゃない?」
その言葉に、キリトの胸がざわついた。
『結託』――その響きが、記憶の奥に沈んでいた映像を引き上げる。
密会動画。
真梨華が、顔の見えない男と接触していた、あの映像。
甘い距離。
笑顔。
そして、何かを手渡していたような仕草。
あれは、ただの裏切りじゃなかったのかもしれない。
『協力者』との接触――そう考えれば、すべてが繋がる。
「……まさか」
思わず、声が漏れた。
一葉が、こちらを見つめる。
その瞳は、揺れていない。
むしろ、確信に満ちていた。
「私を落とすために、誰かが誰かと手を組んだ。それが、あなたの恋人だったとしたら――どうする?」
問いかけは、静かに、鋭く刺さる。
キリトは、答えられなかった。
言葉を探すたびに、心の中の天秤が軋む音がする。
信じていたものが、崩れていく。
あの笑顔も、あの言葉も、すべてが嘘だったのかもしれない。
そして、崩れた先に――立っていたのは、一葉だった。
彼女の冷静さ。
彼女の論理。
彼女の『正しさ』。
それが、今のキリトにとって唯一の拠り所に見えた。
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