第120話 崩れゆく絆(リーダー——キリト視点)
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通知音が鳴った。
レイド準備の連絡かと思い、何気なく開いた。
……それが、すべての始まりだった。
画面に映っていたのは、サブリーダー——真梨華。
俺の恋人。
俺の信頼。
俺の、すべてだった。
けれど、その映像の中で彼女は、知らない男と密会していた。
顔は見えない。
でも、距離が近すぎる。
声は聞こえない。
でも、空気が甘すぎる。
俺の知らない彼女が、そこにいた。
「……なんだ、これ」
喉が詰まる。
言葉が出ない。
怒りか?
悲しみか?
感情が、追いついてこない。
ただ、心臓が痛い。
胸が、締め付けられる。
呼吸が早くなる。
映像は短い。
でも、十分だった。
彼女の笑顔。
彼女の仕草。
俺にだけ向けられていたはずのものが、そこにあった。
「……嘘だろ……」
誰が送ってきたのかもわからない。
匿名のアカウント。
ただ、「見ておいた方がいい」とだけ書かれていた。
罠かもしれない。
捏造かもしれない。
でも――映っているのは、確かに彼女だった。
俺が、愛した彼女だった。
怒りが、胸を焼く。
裏切られたという感情が、喉の奥で膨れ上がる。
でも、それ以上に――悲しみが、全身を蝕んでいく。
信じていた。
信じたかった。
信じていたからこそ、痛い。
信じていたからこそ、許せない。
「……なんで……」
問いは、誰にも届かない。
彼女にも、俺自身にも。
思い出す。
あの夜。
テントの裏で耳にした、彼女の笑い声。
冷たくて、残酷で、それでいて心から楽しそうな――あの笑い。
あれが、彼女の『本音』だったのか?
俺が知っていた彼女は、仮面だったのか?
「……いや、それより……」
もう一つの感情が、胸の奥から這い上がってくる。
恐怖。
この映像が出回っているなら、レイドに影響が出る。
チームが崩れる。
俺たちが築いてきたものが、壊れる。
「……落ち着け。今は、冷静になれ……」
自分に言い聞かせる。
でも、心は波打っている。
荒れ狂う海のように。
その中心に、彼女の笑顔が浮かんでいる。
あの甘く、残酷な笑顔が。
嫉妬が、胸を焼く。
疑惑が、喉を締める。
信頼が、崩れ落ちる音がする。
憎悪が、静かに芽を出す。
愛していた。
だからこそ、壊れる音が、こんなにも痛い。
◇
スマホを握る手が震えていた。
怒りでも、悲しみでもない。
ただ、どうしていいかわからない。
心が、空白になっていた。
「……リーダー、キリト?」
振り返ると、一葉がいた。
制服の襟を少し崩し、髪を揺らしながら近づいてくる。
その瞳は、潤んで見えた。
いや――そう見えるように、仕掛けられていた。
「私、今なら……あなたを男として見られるかも」
囁きは、甘く、柔らかく、耳に直接触れるようだった。
その言葉が、心の奥に沈んでいた怒りを、ほんの少しだけ引き上げる。
真梨華の映像が、脳裏にちらつく。
裏切り。
密会。
笑顔。
そして、今目の前にいる一葉の誘惑。
「……なんのつもりだ?」
声が掠れる。
問いかけたつもりだったが、感情が乗らない。
彼女の手が、そっと腕に触れる。
その仕草が、真梨華のそれと重なった。
「慰めてほしいのは、私の方かもしれないけど……」
言葉の意味が曖昧で、境界が揺れる。
彼女の吐息が、肌に触れる距離。
香りが、記憶を塗り替えていく。
キリトは、自分の中で何かが崩れていくのを感じていた。
信頼。絆。
そして――理性。
このまま流されるのか。
それとも、踏みとどまるのか。
選択の時は、もうすぐそこに迫っていた。
スマホを握りしめたまま、ある名前を検索しようとしていた。
それは、自分の理性を試す、最初の問いだった。
でも――指は動かない。
目は、彼女の唇に吸い寄せられる。
問いは、徒労で終わる。
欲望が、理性を押し倒す。
彼女の手が、もう一度触れる。
その瞬間、リキリトは悟った。
自分は、敗北した。
浅ましく。
情けなく。
それでも、抗えなかった。
欲望に敗北するということが、こんなにも静かで、こんなにも悲しいとは思わなかった。
評価いただけると続編を書く意欲に直結します




