第115話 カルマの編集室
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カルマたちは63階層に作られたレイド用の前哨拠点を占拠した。
『人間』が標的だったことで、建物関連の損傷は低い。
まだ十分に使えそうだった。
これを再利用して、とりあえずの本営とする。
『レイド本隊』弱小化のための戦略拠点だ。
作戦は、手に入れた『学生たちのスマホ』を使い、偽の情報を拡散。
心理的な波紋を広げて相互不信の種を播くというものだ。
そんな中、使えるデータが発見された。
『城野敦』。
後詰にいた男子だ。
奮闘空しく死んだ彼には、生前『別の顔』を持っていたらしい。
彼のスマホは、まるで祭壇だった。
容量ギリギリまで詰め込まれた静止画と動画。
そのすべてに映っていたのは、ただ一人――レイドサブリーダー『しか』。
全身、顔のアップ、バストショット。
それだけなら、まだ『悪趣味』で済んだかもしれない。
だが、そこには『執念』があった。
足元だけを延々と追いかけた動画。
体育の着替え後に残されたワイシャツを、静かに撫でるように撮った映像。
ロッカーの中で揺れるジャケットを、何度も何度も撮り直した形跡。
靴箱の中の内履きと外履きの並びを、日付ごとに記録したフォルダ。
コスメボックスの中身を、まるで『研究資料』のように分類した画像群。
それは、観察ではない。
崇拝だった。
「うわ……無理……」
事前チェックを任された仁科悠――いや、沢辺みどりが、思わず悲鳴を上げた。
彼女の手が震えていた。
「これ、マジで……引く。ていうか、怖い……」
カルマは、無言で画面を見つめていた。
この『異常な執着』が、今や『武器』になる。
それが、どこか皮肉だった。
・・・違う。
仁科悠でいいんだ。
人間バージョンで作業しているから。
『編集室』を作った段階でルールを決めた。
『妖怪』のときと『人間』の時の待遇ルールだ。
わかりやすく言えば、――。
『妖怪』=現場作業、つまりダンジョンモンスターのお仕事。
『人間』=事務作業、つまりカルマの助手としてのお仕事。
——ということだ。
それはいいとして、スマホの内容だ。
同じ作業に従事していた女性陣が近寄って、やはり悲鳴を上げていた。
男のカルマでさえもキツいものがあったのだから、女性にしたら、それは、それは悍ましいモノであっただろう。
「完全にストーカーだな」
そうとしか言いようがない。
「『隠密行動』系のスキル持ちで、ダンジョン外でフル活用してたみたいよ」
調査を担当した悠が、いくつかの静止画と動画を開いて見せてくれた。
「これ・・・は・・・」
言葉が出なかった。
サブリーダーのプライベートすぎる画像の合間に犯罪・・・ではないが裏切りの証拠となるものが複数含まれていたのだ。
ちょっと偏ったポエム——いや、い脅迫・・・でもなく『取引』を持ち掛ける文言もあった。
サブリーダーが喜びそうな、または不利な情報を掴んで、それをネタにデートをねだるまたはゆするつもりでいたようだった。
実行直前にレイドが始まって中止していた。
やってることと、考えてることは最低・最悪だ。
だが・・・。
「これは使えるね!」
殊勲賞ものの『お手柄』だった。
彼がやろうとしていたことを、代わりにやり遂げよう。
『手段』を使って『想い』を伝えてあげる。
結果は?
もちろん、カルマが手にすることになる。
「狙うは、レイドサブリーダーだ!」
方針が決定した。
城野君のポエム風味のおねだり。
添付動画付きの長文が、サブリーダーの個人チャットに流された。
カルマの毒で味付けされて・・・。
【『城野敦』。
君の靴音が、今日もぼくの心を踏み鳴らす。
そのリズムで、ぼくの鼓動は整うんだ。
まるで、君がぼくの中に住んでいるみたいに。
教室の隅で揺れるジャケットが、ぼくにだけ微笑んでいる。
あの布の揺れ方、知ってる?
君が誰かと話すときより、ずっと優しいんだ。
君の素足が、夢の中でぼくの頬を踏んでくれた夜、ぼくは朝まで泣いたよ。
嬉しくて、苦しくて、愛しくて、壊れそうだった。
ねえ、気づいてる?
ぼくはずっと、君の『影』の中にいたんだよ。
いや、影よりも近く。
君の皮膚の裏側に、ぼくはいたんだ。
君の髪が風に揺れるたび、ぼくの呼吸は止まる。
その瞬間、世界が君だけになる。
他の音も、色も、意味を失う。
靴箱の中の内履きが、今日もぼくを見送ってくれた。
あの子たち、君の体温を覚えてる。
ぼくは、そっと鼻を近づけて、深呼吸したよ。
君の一日が、ぼくの肺に染み込んでくる。
体育のあと、君の素足が床に触れた場所を、ぼくは指でなぞった。
その指を、口に運んだ。
味は、秘密だよ。
机の中に置かれたリップクリーム。
ぼくはそれを、何度も自分の唇に押し当てた。
君の唇の色が、ぼくの唇に移ったとき、ぼくたちは、きっと『キス』をしたんだと思う。
君の声が、誰かに向けられた瞬間、ぼくはその『誰か』を殺したくなった。
でも、君が悲しむから、やめたよ。
ぼく、優しいでしょ?
君の存在が、ぼくの世界の中心で、ぼくの時間のすべてだった。
ねえ、気づいてる?
ぼくはずっと、君の『影』より近くにいたんだよ。
君の皮膚の裏に、ぼくはいたんだよ。
⦅添付動画⦆——時間指定で消去される類のもので、コピー不可。
──こんなのがあるんだ。
欲しくない?
デートしてくれたら、渡してもいいよ?
必要なら、手も貸せる。
君のために、なんでもするよ。
君のためなら、誰だって裏切れる。
どうかな?
君に忠実なナイトより、 愛と、すこしの狂気をこめて】
「手を貸せる・・・手先として動くよって持ち掛けたら。なにを要求してくるだろうね?」
カルマは喉の奥で笑いながら、城野敦のスマホを手の中で弄ぶ。
それは、咎人の魂を手に入れた悪魔の微笑みだった。
◇サブリーダー視点◇
方針は決した。
やる事は明白。
でも、ピースが足りない。
絵具が欲しい。
油でもいいかしら?
水に一滴たらすために。
そう思っていたら・・・。
「あら、まぁ」
個人チャットに連絡が来ているのを発見した。
『城野敦』。
誰だったかしら?
数秒、本気で考え込んだ。
身の程知らずに告白してきた男子の中で、個人チャットのアドレスを聞き出すまでは粘れた男、ではあるだろうけれど。
正直印象はない。
「ああ。確か、今回は後詰にいたわね」
辛うじて名前から所属は思い出した。
顔は思い出せなかった。
チャット画面には猫の写真が貼ってあるが、まさか猫ではないだろう。
それならきっと覚えている。
「え?」
驚き。
疑惑。
そして、喜び。
私は微笑んだ。
人前では絶対にしない顔で。
サブリーダーは、指先で、ゆっくりと返信を打ち始めた。
それは、絵の中に毒を混ぜる、最初の筆だった。
評価いただけると続編を書く意欲に直結します




