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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
R15版。暴力・性的ニュアンスありバージョン

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第114話 鬼は、笑う

1/3

 


 暗闇の中で、何かが揺れた。

 涼香の魂が、静かに震えた。


「涼香──」

 声がした。

 聞き慣れた声。

 でも、ここに届くはずのない声だ。


 カルマだった。

 あの、何も知らずにいた後輩。

 あたしが、苛立ち、モヤモヤしながらも、放っておけなかった奴。


「オレのダンジョンのモンスターになれ」

 その言葉が、涼香の中に響いた。


 命令のように。

 祈りのように。

 呪いのように。


「・・・は?」

 涼香は、思わず呟いた。

 でも、声は出ていない。

 魂だけが、震えていた。


 カルマがそんなことを言うはずがない。

 でも、このダンジョンが、そう『言わせている』。

 もしくは、『伝えている』?


 涼香の魂は、まだ『留め置かれている』。

 蘇生の可能性があるから。

 でも今、別の可能性が提示された。


『妖怪になる』という選択。

 それは、死者として終わることを拒む道。

 人間としての復活を、自ら手放す道。


 人間としての鈴谷涼香は、もう終わった。

 焼け焦げた戦場に、あの姿はもうない。


 でも――『鬼』としてなら、まだ続けられる。


 怒りを燃料に。

 後悔を鎧に。

 罪を角に変えて。


「……あたしが、モンスターに?」

 魂の奥で、誰にも届かない声が揺れる。


 それでも、どこかで思ってしまう。

 それで、誰かを守れるなら。

 それで、あの声に応えられるなら。


 涼香の魂が、ゆっくりと沈んでいく。

 けれど、その沈黙の底で、何かが芽吹いていた。


 黒く、赤く、熱を帯びた『角』のような感情が。


「・・・ふざけんなよ」

 怒りでも、拒絶でもない。

 ただ、『生きることの意味』を問うような声だった。


 カルマの声が、もう一度響いた気がした。

「お前は、まだ終わってない」。

 それが、ダンジョンの『システム』の声なのか、涼香自身の願いなのか、もう、わからなかった。


 でも──涼香の魂は、揺れていた。

 そして、その『なにか』は戻ってくる。



 その言葉は、声ではなかった。

 でも、確かに『聞こえた』。


「お前の罪は、死んだからって消える程度のものなのか」

 涼香の魂が、震えた。

 焼け焦げた記憶が、蘇る。


 カルマを『爆弾』として使った。

 仲間たちを『道具』として消費した。

 自分もその一部だった。


「・・・死んだから、終わりじゃないの?」

 呟いたその言葉が、あまりに弱かった。

『逃げ』のように聞こえた。


 涼香は、死を受け入れた。

 それが、償いだと思っていた。

 でも──、それは『逃げ』だったのかもしれない。


 カルマは、何も知らずにいた。

 その顔を、涼香は苛立ちとともに見ていた。

 でも今、その顔の裏にあった『無知と信頼』が、胸を刺す。


「あたしが、殺したんだよな……」

 誰も止めなかった。

 誰も責めなかった。

 でも、涼香だけは、自分を赦せなかった。


 焼け焦げた記憶が、魂の奥で再生される。

 カルマの背中。

 仲間の叫び。

 返された魔法の光。

 焼けた空気の中で、崩れていく命。


 死んだからって、終わりじゃない。

 命一つで、償えるような罪じゃない。

 それが、魂に刻まれた『答え』だった。


 涼香は、震えながら思った。


 なら――生きて、背負うしかない。


 人間としてではなく。

 罪を抱えた『鬼』として。


 それが、涼香の『再生』だった。


「・・・なら、どうすればいいの?」

 その問いに、答えはなかった。

 ただ、『妖怪になる』という選択肢だけが、静かに浮かんでいた。


 暗闇の中で、記憶が揺れた。

 焼け焦げた戦場。

 叫び。

 怒り。

 そして──『扇動者』の発動。


 仲間の目が、狂気に染まった。

 涼香は、叫んだ。

「私は鬼になる!」


 その言葉が、今になって胸に突き刺さる。


「・・・あたし、あのとき、もう人間じゃなかったんだ」

 守るために、壊した。

 生かすために、殺した。

 その選択をした時点で、『人間』という枠から外れていた。


 だから、今『妖怪になれ』と言われても、驚きはなかった。

 むしろ、当然の流れのように感じた。


 でも──「じゃあ、あたしは何のために妖怪になるの?」


 問いが、魂の奥から湧き上がる。

 償いのため?

 復讐のため?

 それとも、誰かを守るため?


「もう、守る相手なんていないじゃん・・・」

 涼香は、ひとりだった。


 仲間は死んだ。

 カルマは、遠い。

 自分は、もう人間じゃない。


「じゃあ、あたしは、何のために生きるの?」

 その問いに、答えはなかった。


「考えてもわからないな」

 自嘲の笑みを浮かべたい気持ちになる。


 私はもともと考えるのは苦手なんだ。

 走り出してから考えるタイプ。

 なら・・・。


「いいよ。モンスターでも、妖怪でも、なってやるさ。あとのことは、あとで考える」


 それは、逃避ではない。

 存在をかけた選択。


 誰もいない暗闇の中で、涼香の魂が、静かに、しかし確かに、前へと踏み出した。


 考えるのは苦手だ。

 でも、走ることはできる。

 迷っても、転んでも、立ち上がることはできる。


 それが、涼香という少女の――生きる道。


 たとえその道が、人の形を捨てた『鬼』の道であっても。


 ◇


「『鬼』完成!」

 雄々しく立った『鈴谷涼香』改め、妖怪となった『童子丸らうら』——『童子丸』は『未熟でも真っ直ぐな魂』を意味し、『らうら』は『炎の揺らぎ』を表す古語由来——を眺める。


 筋肉質で赤銅色の肌。

 頼れる赤鬼さんだ。


「・・・・・・」

 戦場の残滓がまだ肌に残っている。


 筋肉は動く。

 でも、心がまだ追いついていない気がした。

 らうらは、赤銅の肌に魔力の余熱を纏いながら、静かに歩き出し・・・た?



 ドンッ!


 肩がぶつかった。

 反射的に。

 無意識に。


 そこに、カルマがいたから。

 爆発して死んだはずなのに。

 消えたはずなのに。

 そう思って気付く。


 あの声は、やはりカルマだったのだと。

 顔が見えた瞬間、ついぶつけに行った肩を見る。

 それは、涼香だった頃の『癖』だった。


 カルマは、よろけながら目を丸くした。

 らうらも、思わず目を丸くして見つめ返した。


「・・・あっ」

 らうらが呟く。

 カルマが、ぽかんとした顔で見つめる。


 そして──。

 ふたりは、同時に笑った。


「なんだよ、今の」

 カルマが肩をさすりながら言う。


「・・・知らん。勝手に動いた」

 らうらが、照れくさそうに目をそらす。


 その笑いは、焼け焦げた記憶の中に差し込んだ、最初の光だった。


 涼香だった頃の『癖』。

 らうらとしての『始まり』。

 その二つが、肩先で重なった。


 カルマの笑顔が、まるで『おかえり』と言っているようで、らうらは、ほんの少しだけ、目を細めた。


『妖怪』たちが、その様子を見て、静かに頷いた。

 どこか、自分たちに似ている。

 でも、どこか、違う。


 カルマが『レア』と呼ぶ『人間』の種類。

 その輪郭が、ようやく見えてきた気がした。



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