第113話 崩れる戦場(鈴谷涼香視点)
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涼香は、叫んでいた。
喉が裂けるほどに。
腕が千切れるほどに、大剣を振るっていた。
「立て! まだやれる! お前ら、死ぬなよ!!」
『扇動者』のスキルが発動していた。
仲間たちは怒りに燃え、恐怖を忘れ、ただ前へと突き進んでいた。
それが、彼女の『願い』だった。
諦めるな。
立ち尽くすな。
運命に、死に、抗え!
──でも、どこかでわかっていた。
これは、限界を超えた『延命』だと。
勝ち目なんて、もうない。
それでも、誰か一人でも生き延びてくれたら、それでいい。
キアゲハが現れたとき、涼香は一瞬、息を呑んだ。
あれは、勝てない。
そう思った。
でも、止まれなかった。
魔法が飛ぶ。
敵の能力など、考えてもいない。
思考力を奪ったのは――私だ。
恐れることなく飛びかかる者たち。
下から石を投げる者までいた。
戦う以外の死も、感情も、私が奪った。
「アレって、物理攻撃しないよな……?」
呟いた瞬間、背筋が凍った。
「マズい!」
叫んだ。
でも、誰も止まらない。
魔職たちが、体中の魔力をかき集めて放つ、最後の最大火力。
それは、彼女の『扇動』によって導かれた、自滅の光だった。
魔法の光が空を覆った。
その瞬間、涼香は叫んだ。
「下がれ──っ!!」
でも、誰も聞いていなかった。
いや、聞こえていなかった。
彼女が『扇動』したからだ。
そして――自分たちの最大火力が、返された。
空が、裂けた。
光が、反転した。
焼き尽くすような閃光が、戦場を飲み込んだ。
逃げ場はない。
抵抗も、意味をなさない。
涼香は、脱力した。
剣が、手から滑り落ちる。
膝が崩れ、地面に落ちた。
私は、みんなを殺した。
その事実が、心臓を貫いた。
熱いはずの戦場で、涼香の中だけが、凍りついていた。
自分の力で、仲間を殺した。
その事実が、胸を貫いた。
焼き尽くされる光の中で、涼香の意識は光に呑まれていった。
焼けた空気が、肺を焼く。
視界は、赤と黒のまだら模様。
耳鳴りの中で、誰かの断末魔が遠くに聞こえた気がした。
熱と光。
魔力と物質。
ぶつかり合った力の残滓がたゆっている。
涼香は、立ち上がった。
身体が勝手に動いた。
もう、何も守れない。
誰も残っていない。
それでも──
「まだ、終われるかよ・・・」
声は、かすれていた。
叫びというには弱すぎて、呟きというには、あまりに痛々しかった。
『終わり』を認めたくなかった。
『自分の力が、仲間の命を奪った』。
その事実が、胸を貫いた。
筋肉は、まだ熱を持っていた。
でも、心はもう、どこにも向かっていなかった。
棒立ちのまま、涼香は空を見上げた。
そこに、影が差す。
『メガネウロ』。
あの、奇妙な飛行モンスターが、彼女を回収しに来た。
逃げることも、抗うこともできなかった。
いや──する理由が、もうなかった。
涼香は、ただ運ばれていく。
焼け焦げた戦場を、仲間たちの亡骸を、何もかもを見下ろしながら。
焦げた肉の匂いが、風に乗って鼻を刺す。
砕けた武器。
焼けた制服。
崩れた顔。
もう、誰が誰だったかもわからない。
「……ごめん」
誰に向けた言葉かも、わからなかった。
カルマかもしれない。
仲間たちかもしれない。
あるいは、自分自身かもしれない。
その一言を最後に、涼香の意識は、静かに、深く、沈んでいった。
まるで、水底に落ちていく石のように。
◆再生◆
暗い。
でも、怖くはない。
音もない。
でも、静かすぎるわけでもない。
涼香は、浮かんでいた。
何かに縛られている気がした。
でも、それが何かはわからない。
身体は、もうない。
痛みも、重さも、熱もない。
・・・でも、『感情』だけが、まだそこにあった。
「・・・終わったんじゃなかったの?」
誰に聞くでもなく、呟いた。
戦場は焼けた。
仲間は死んだ。
自分も、死んだはずだった。
なのに、まだ『ここ』にいる。
夢なのか。
現実なのか。
それすら、もうわからない。
でも、確かに『自分』はここにいる。
何もできないまま、ただ、存在している。
「・・・あたし、何してたんだっけ」
問いかけは、誰にも届かない。
でも、自分自身には、刺さった。
守るために、強くなった。
怒られるために、前に出た。
誰かの盾になることが、あたしの役割だった。
でも── 最後は、誰も守れなかった。
「・・・ごめん」
また、その言葉が浮かぶ。
でも、今度は少し違った。
『生き返るかもしれない』という可能性が、どこかにある。
それが、涼香の魂を『ここ』に縛っている。
彼女はそれを知らない。
でも、『終わりを許されない感覚』だけが、確かにそこにあった。
「……まだ、終わらせてもらえないのか」
その言葉に、誰かが答えることはない。
でも、涼香の魂は、ダンジョンの深層に――留め置かれていた。
それは、蘇生魔術やアイテムによる『保険』のようなもの。
誰かが彼女を呼び戻す可能性がある限り、魂は完全には消えない。
涼香自身は、その仕組みを知らない。
ただ、『終われない感覚』だけが、静かに、深く、染み渡っていた。
まるで、水底に沈んだまま、誰かの手が差し伸べられるのを待っているような――
その手が、救いなのか。
それとも、さらなる地獄への導きなのか。
今の彼女には、知る術もなかった。
評価いただけると続編を書く意欲に直結します




