第112話 妖怪制作 ~鬼~ 鈴谷涼香
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電子世界に『偽チャット』という毒を投入したカルマは、毒が回るのをただ待ちはしない。
次の手駒獲得に向け、休む間もなく動いている。
「この山で終わりか」
63階層の防御陣。
最後の激戦地へと足を踏み入れた。
一人や二人の小規模なものは他にも数カ所あるだろうと思われるが、大規模なものはここで終わりとなる。
「で、なぜかいるんだよな。鈴谷涼香が」
63階層の戦いが終焉した、あのとき、『メガネウロ』に運ばれていったはずの彼女だが、どうやら途中で力尽きたらしい。
仲間たちに重ねられていた。
制服は魔法の余波で損傷している。
一撃での逆襲を企図した魔法攻撃を反射されたのだ。
さすがの『ダンジョン』装備でも、無事では済まなかった。
頼もしい肩幅。
しっかりと割れた腹筋。
ウエストと見紛うほどの太腿。
少女にしては筋肉質な体形。
それが、鈴谷涼香、である。
先輩を立てて付き従う体育会系の肉体派。
同学年の友人たちを、勘違い男子から守る用心棒。
後輩には面倒見のいい姉御肌。
それが、鈴谷涼香だ。
カルマの顔を見れば肩で激しく当たる。
カルマが食堂にいれば、正面に座って手付かずの料理を食べ尽くす。
カルマが暇にしていると見れば、トレーニングというシゴキに付き合わせた。
それが、鈴谷涼香だ。
「個性が強い子だからな。間違いなく『ネームド』だよね」
この子も、実に妖怪向きの人材なのだ。
◆54階層の追憶◆
肩がぶつかった。
鈍い音が、骨の奥に響いた。
涼香は何も言わず、通り過ぎていく。
カルマは、ほんの少しだけ首を傾けた。
痛みはない。
でも、何かが揺れた。
胸の奥で、何かが軋んだ。
彼女の怒りは、いつもわかりやすい。
眉をひそめ、声を荒げ、拳を振るう。
けれど、今日のそれは違った。
言葉にならない。
けれど、確かに『何か』があった。
制服の肩を、そっと撫でる。
そこには、涼香の『感情の痕』が残っていた。
熱でもなく、痛みでもなく――まるで、棘のようなざらつき。
「……オレ、何かしたか?」
誰に聞くでもなく、ただ呟いた。
他の奴らなら、理由もなく当たってくることもある。
でも、彼女にそれはない。
そう思っていた。
……いや、思いたかっただけかもしれない。
ずっと見てきた。
観察してきた。
でも、それは『理解』とは違う。
彼女の怒りの理由がわからない。
それが、妙に――怖かった。
◆涼香視点◆
カルマの顔を見た瞬間、涼香は無言で肩をぶつけた。
怒っていたわけじゃない。
でも、何かが、喉の奥に引っかかっていた。
『爆弾化』。
『討伐計画』。
カルマ以外の全員が知っていた。
彼だけが、何も知らずに笑っていた。
何も知らずに、仲間だと思っていた。
その無防備さが、どうしようもなく苛立たしかった。
「……なんで、あんただけ知らされてないのよ」
声に出せば、壊れてしまいそうだった。
でも、黙っているには、軽すぎた。
だから、肩でぶつかった。
それは、『言葉にならない抗議』。
彼の無知に対する怒りであり、彼を守れなかった自分への罰でもあった。
カルマが、少しだけ首を傾けた。
その仕草が、涼香の胸をさらにざわつかせた。
「気づけよ……」
そう思った。
でも、言えなかった。
彼は、今日もそこにいる。
何も知らない顔で。
何も覚悟していない目で。
その顔が、どうしようもなく――怖かった。
死が近づいているのに、 彼はそれを感じていない。
まるで、死が他人事のように。
「……なんで、そんな顔してんのよ」
叫びたかった。
殴りたかった。
泣かせたかった。
でも、それは許されない。
誰もそんなこと望んでいない。
彼も、きっと望んでいない。
だから、涼香は黙って肩をぶつけた。
それが、彼女にできる精一杯だった。
『死ぬなら、せめて気づけ』
『死ぬなら、せめて覚悟を持って死ね』
その言葉は、喉の奥で渦を巻き、 熱を持って、彼女の中で燃えていた。
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