第111話 サブリーダーの独白 ~微笑みの毒~
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一葉の名前が出た瞬間、胸の奥がざわりと波打った。
ずっと、この時を待っていた。
あの『善人』の仮面に、泥を投げつける日を。
誰も気づかない。
誰も見ていない。
でも、私は知っていた。
彼女の存在は、ずっと『水面の光』だった。
手が届きそうで、届かない。
水面に揺れる光のように、掴もうとすればするほど、遠ざかる。
少しだけ上にいて、少しだけ綺麗で、少しだけ『聖女』に近い。
その『少し』が積もり積もって、今や、私の影すら映らないほど遠い。
彼女は『作れる』。
私は『作れない』。
彼女は『選ばれる』。
私は『支える』だけ。
それが、ずっと悔しかった。
でも、悔しいなんて言えなかった。
だって、彼女は『善人』だから。
誰もが信じる、『聖女一歩前』だから。
でも――今なら、違う。
カルマの件。
エリクサーの件。
『渡さなかったと』いう、たった一点。
それだけで、彼女は沈む。
私が沈めなくても、周囲が勝手に引きずり下ろす。
なら、少しだけ『流れ』を整えてあげよう。
直接潰したりはしない。
嘘だって、つかない。
ただ、疑念を一滴。
不信を一滴。
それだけで、彼女の光は濁る。
そして――その濁った水面を、私は見下ろす。
愛する人の隣に立って。
濁った水の底で、あの女はどんな顔をするのかしら?
その顔を、私はずっと見たかった。
「ふふふ……」
「お、おい。どうした?」
笑う場面か?
――戸惑う顔が、すぐそこにある。
その顔。
その困ったような目。
……ああ、やっぱり、可愛い。
「大丈夫。心配しないで。彼女にはきっと、誰もが納得する理由があるに違いないのですもの。そうでしょう?」
私は、そっと胸に手を当てて、念を押すように微笑んだ。
「あ、ああ。そうだとも。そうに決まってるさ……たぶんな」
彼は目を逸らし、歯切れの悪い声で答えた。
――他人から見れば、頼りないのかもしれない。
でも、私は好き。
その不安げな横顔も、優柔不断なところも。
全部、全部、愛してる。
私の、大好きな坊や。
可愛い、可愛い坊や。
いっぱい愛してあげる。
いっぱい甘えさせてあげる。
いっぱい、守ってあげる。
だから――私の胸の中で、おやすみなさい。
いつまでも。
いつまでも……。
あなたは、私なしでは生きられないのよ。
もう、どこにも行けないの。
◇リーダーのおそれ◆
サブリーダーの笑顔は、いつも通りだった。
柔らかくて、優しくて、どこか甘ったるい。
……なのに、今は、ほんの少しだけ違って見えた。
胸に手を当てて微笑む彼女の姿は、まるで『舞台の上の聖女』。
完璧すぎる。
整いすぎている。
そして、どこか――冷たい。
「そうに決まっているさ……たぶんな」
自分の言葉が、空気に溶けなかった。
彼女の笑顔に吸い込まれず、ただ、宙に浮いていた。
その違和感が、喉の奥に引っかかる。
何かが、違う。
何かが、濁っている。
彼女の手が、自分の腕にそっと触れた。
その瞬間――ほんの半歩だけ、足が後ろに動いた。
無意識だった。
でも、確かに動いた。
彼女は気づいていない。
……いや、気づいていないふりをしている。
その可能性が、胸の奥に冷たい波紋を広げていく。
一滴、また一滴。
静かに、確実に、彼の中に『冷たい水』が流れ始めていた。
それは、恐怖か。
それとも、罪悪感か。
あるいは――まだ名もない、終わりの予感か。
◇サブリーダー◇
彼の足が、ほんの半歩だけ後ろに動いた。
その瞬間、空気がわずかに揺れた。
彼は、気づいていないふりをしている。
でも、私は知っている。
彼は、確かに『感じた』のだ。
私の笑顔の奥にある、温度のない何かを。
言葉の端に滲んだ、意図された冷たさを。
そして──私の『意図』そのものを。
けれど、それでいい。
気づいても、動けない。
気づいても、逃げられない。
だって、彼は『私の坊や』。
私の腕の中でしか、呼吸できない。
だから、毒の種類を変えよう。
彼を傷つけないために。
強すぎれば、彼まで壊れてしまう。
弱すぎれば、一葉は沈まない。
必要なのは、『彼が納得できる濁り』。
「仕方ない」と思える程度の毒。
それでいて、確実に、彼女の光を曇らせるもの。
たとえば──「彼女は迷っていた」「彼女は判断を誤った」「彼女は、誰かに止められていた」
そう、『理解できる罪』。
それなら、彼は私を責めない。
むしろ、私を頼る。
そして、私の隣に立つ。
ふふ。
この流れは、私のもの。
彼も、彼女も、みんな私の支配する海の中。
私は、ただ『曇らせる』だけ。
静かに。
確実に。
──その時、ふと目に入った。
個人チャットの通知。
『城野敦』……誰だったかしら?
評価いただけると続編を書く意欲に直結します




