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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
R15版。暴力・性的ニュアンスありバージョン

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第108話 予兆の始まり ~旧校舎の蠢動~

1/3

 


『旧校舎』は、冷たさを纏っていた。


 壁は灰色に沈み、窓は曇りガラスのように光を拒んでいた。

 床には、誰の足音も届かない。

 埃が積もりすぎて、時間の層のように重なっている。


 空気は動かない。

 風が通ったことすら忘れられている。

 明るさも、力の気配もない。


 ただ、静かで、寒い。

 まるで、誰かの心の奥底に沈んだ『封じられた記憶』のようだった。


 廊下の隅に、ノートが落ちていた。

 ページが開いたまま、床に伏している。

 表紙には、手書きの文字。


「祭りの準備」。


 その言葉だけが、埃の下から顔を出していた。

 ページの端は折れ、インクは滲み、まるで泣いた跡のように歪んでいる。


 誰かが、何かを楽しみにしていた。

 けれど、その楽しみは、ここに置き去りにされた。

 あるいは──忘れられた。


 風は、まだ吹かない。

 雷も、まだ夢の中。


『旧校舎』は、ただそのノートを見守っていた。

 誰かが、もう一度ページを開いてしまうのを、ずっと、ずっと待っていた。


 ──『旧校舎』の奥。

 誰にも見つけられなかった教室の隅。

 そこに、『ナニカ』がいた。


 それは、かつて『祭りの準備』をしていた。

 誰かが来るのを、誰かと笑うのを、ずっと待っていた。


 でも、誰も来なかった。

 ぬくもりのない箱のようなこの場所に、希望はなかった。


 壁は冷たく、窓は閉ざされ、空気は死んでいた。

 だから、『ナニカ』はノートを落とした。


 ぽとり、と。

 まるで、諦めるように。

 まるで、誰かを誘う罠のように。


 そのノートは、床に伏したまま、誰にも拾われなかった。

 表紙には、かすれた文字で「祭りの準備」と書かれている。

 ページの間には、色褪せた折り紙の切れ端や、手描きの地図、誰かの名前が走り書きされていた。


 そのときだった。

 風が吹いた。


 そよ、と。

 雷でわずかに温められた風が、旧校舎の隙間から入り込んだ。


 それは、誰かの背中を押した風。

 誰かの心を震わせた雷の余韻。


 その風が、ノートのページをめくった。

 一枚、また一枚。 まるで、内容を確かめるように。


 ページの奥から、何かが覗いていた。

 黒く、濡れたような指先。

 紙の隙間から、こちらを見ていた。


 そして、光が差し込んだ。

 今まで入らなかった窓の隙間から、細い光が射し込む。


 埃の粒が、金色にきらめく。

 だがその中に、黒い影が混ざっていた。

 まるで、光に焼かれた何かが、逃げるように壁の隅へと這っていく。


 天井のひび割れに沿って、光が這い、壁に残された古い貼り紙を照らす。


「ようこそ、祭りへ」


 その消えかけた文字が、光の中で浮かび上がった。

 だが、よく見ると── 『ようこそ』の下に、赤いインクで書き足された文字があった。


「──かえれない」


 壁を飾る折り紙が、カサカサと笑うように揺れた。

 誰かの脚がのるのを待ちきれず、廊下の板が軋む。

 笑い声を夢見て、窓が震えている。


『ナニカ』は、気づいた。まだ、終わっていない。


 風が戻ってきた。

 雷が、ぬくもりを運んできた。

 そして、『誰か』が、『どこか』で『立ち上がった』。


『旧校舎』は、静かに息を吹き返す。

 それは、再会の準備。

 それは、忘れられた約束の、やり直し。

 それは、終わらなかった『祭り』の続き。


『旧校舎』は覚えている。

 ここが廃墟ではなかった時代を。

 だが今は、記憶の中にしか存在しない『過去』を、 誰かがもう一度なぞるのを、待っている。


 黒板に書きかけで止まっていた『か』の文字。

 その隣に、何かが書き足されていた。

 それは、誰かの名前だった。

 けれど、読めない。

 滲んで、崩れて、まるで──血で書かれたように。


『ナニカ』は、もぞもぞと動き出す。

 春のぬくもりに誘われて、そっと動き出す虫のように。

 だがその動きには、喜びではなく、長い飢えを満たすための“本能”が宿っていた。


 ──風が吹く。 それは、誰かの足音を呼び込む風。

 雷が鳴る。

 それは、目覚めを告げる鐘の音。


『旧校舎』は、目を覚ました。

 そして、扉の向こうで、誰かの気配がした。



読了・評価。ありがとうございます。


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