第107話 ひとり ~そして、ひとり~ 後編
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「・・・なんで」
霞の声は、風に溶けていく。
「逃げたはず、なのに。なんで、ここにいるの」
風は答えない。
雷も沈黙している。
ただ、屍たちの表情が、霞の心を刺す。
わたしが呼び戻した?
風が・・・?
それとも、知らない間に追いかけていたのだろうか?
置き去りにしていった彼らを?
恐怖。
後悔。
憎悪。
そして──罪悪感。
彼女を差し出したはずの仲間たちが、なぜか彼女のそばで、息絶えていた。
まるで、逃げ切れなかったかのように。
まるで、彼女の力が彼らを呼び戻したかのように。
まるで・・・きっと・・・おそらく。
霞の魂は、風の中で震えた。
「・・・あたしが、やったの? この力が、あたしの意思を超えて・・・」
霞は、目を閉じた。
風が頬を撫でる。
雷が、胸を静かに叩く。
それは、答えではなく、肯定だった。
──葉隠霞。 肉体は崩れた。
でも魂は、まだここにある。
力の残滓に囚われながらも、その中心に、彼女の『意志』が残っていた。
屍の中で、風が吹いた。
雷が、空を裂いた。
そして、霞はその中心で、まだ存在していた。
──風が、問いかけた。
「まだ、戦えるかい?」
その声は、誰のものでもなかった。
霞の魂に、直接響いた。
それは、彼女自身の問いだった。
霞は、ゆっくりと目を開けた。
視界はまだぼやけていた。
けれど、その奥にあるものは、はっきりと見えていた。
「・・・わかんないよ」
霞は、かすかに笑った。
それは、涙のにじむ笑みだった。
「でも・・・やらなきゃ、いけないんだろ?」
風が、そっと吹いた。
雷が、静かに鳴った。
「だったら、もう一度・・・あたしの名前で、立たせてよ」
風が、彼女の魂を包む。
雷が、彼女の心を貫く。
──葉隠霞。
その名が、再び風に刻まれた。
その名が、再び雷に焼き付けられた。
そして、崩れた肉体の中で──新たな『器』が、静かに形を取り始めていた。
「相手が、人間でも?」
その問いに、霞は一瞬だけ黙った。
でも、それは『ためらい』ではなかった。
ただ、言葉を選んでいただけ。
「かまわないよ。モンスターも、人間も・・・同じだ。違いなんて、ないさ。だって、あたしを差し出したのは『人間』だった。壊したのも、裏切ったのも、『人間』だった」
風が、彼女の言葉を抱きしめるように吹いた。
雷が、彼女の魂を震わせるように鳴った。
「だったら、あたしは・・・誰であろうと、壊すだけだよ」
その瞬間、風が彼女の魂を包み、雷が彼女の形を再び描き始めた。
──葉隠霞。
人でも、妖でもない。
ただ、力そのものとして、再び戦場に立とうとしていた。
そして、風の向こうで誰かが静かに囁いた。
「ようこそ、こちら側へ」
──風が、静かに吹いていた。
雷は、遠くで鳴っていた。
葉隠霞は、戦場の残響の中で立ち尽くしていた。
力は、彼女の周囲に渦巻いている。
風は、彼女の髪を逆立て、
雷は、彼女の皮膚の下で脈打っている。
でも──それは、彼女のものではなかった。
魂は、疲弊していた。
戦うたびに、削られていく。
怒り、後悔、快感、恐怖── そのすべてが、力に喰われていく。
彼女は、力を振るうたびに、『自分』が少しずつ遠ざかっていくのを感じていた。
でも、止められない。
止まれば、壊れる。
進めば、削れる。
その葛藤が、彼女の魂を蝕んでいく。
「いつか・・・この力を、従えられるのかな。それとも、あたしが呑まれるのかな」
風が、そっと頬を撫でた。
が、胸の奥で静かに鳴った。
それは、答えではなく、問いの余韻だった。
──『葉隠かすみ』。
魂と力が乖離したまま、戦いの中で揺れ続ける存在。
その歩みは、まだ終わらない。
風は、彼女の名を忘れていない。
雷は、彼女の心を見つめている。
◇
「また、横にいてくれるかな?」
記憶の回廊を抜けた先。
人とそうでないモノの境の場。
死んだはずの『彼』がいた。
『天狗』として、立ち上がったかすみに問いを投げかけてくる。
それは、いつか、カルマが聞き損ねた問いだった。
「・・・私に、焼かれたいのかよ?」
軽く上げられた腕、掌の上で雷が爆ぜた。
「オレを二度、殺すことに耐えられるならどうぞ」
軽く腕を拡げるカルマ。
かすみは、しばらくカルマを見つめていた。
雷の熱が、掌から静かに消えていく。
「・・・・・・」
かすみは腕を下ろした。
カルマの横に並んで立つ。
なぜか、『風』と『雷』も隣りにいる気がした。
誰かと並ぶことができると、初めて信じられた瞬間だった。
評価いただけると続編を書く意欲に直結します




