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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
R15版。暴力・性的ニュアンスありバージョン

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第99話 最下層の討伐者たち⑥ 中編

1/3

 


「く、グゥゥ・・・!」


 腰を挟まれたリーダーが、苦悶の声を漏らす。

 ギチギチと、ハサミが縮まっていく音が、 まるで骨を軋ませるように響いた。


 彼は大盾装備のタンクだった。

 だが、大盾以外は軽装。 胴装備は、学生服——動きやすさを重視した、裾の短い『短ラン』。


 だから、挟まれたのはワイシャツの部分だった。

 白い布地は、抵抗する術もなく、ハサミの刃に、ゆっくりと裂かれていく。


「あぐっ・・・!」


 白いワイシャツに、血が滲む。

 赤が、じわじわと広がっていく。

 容赦なく、ハサミが食い込む。


 そして、それは一瞬のことだった。


 ——パチン。


 ハサミが、完全に閉じた。


「いやぁぁぁっ!!」


 サブリーダーの慟哭が、通路に響き渡る。

 その声は、悲鳴ではなかった。

 叫びでもなかった。

 それは、何かが壊れた音だった。


 手や体が赤く染まるのも構わず、 彼女はリーダーを抱き寄せる。

 その体は、まだ温かかった。

 けれど、もう、何も応えてはくれなかった。


 周囲のメンバーは、動けなかった。

 誰もが、目の前の現実を受け止めきれずにいた。


 そして、ハサミの主——『ミヤマ』の頭部は、再び、ゆっくりと持ち上がっていた。




「いやぁぁぁっ!」


 サブリーダーの声が、通路に吸い込まれていく。

 血に染まった腕を震わせながら、リーダーの体を抱き寄せた。


 その胸は、もう動いていない。

 でも、彼女は耳を寄せて、鼓動を探した。


「・・・うそ・・・」


 彼の背中は、いつも遠かった。

 誰よりも前に立ち、誰よりも冷静で、誰よりも頼れる人だった。

 だから、彼女はその背中を見ているだけでよかった。

 それが、安心だった。

 それが、憧れだった。


「ねえ・・・こんな時に、気づかせるなんて・・・ずるいよ」


 彼の体温は、まだ残っていた。

 そのぬくもりが、彼女の中にあった 『好きかもしれない』という気持ちを、静かに揺らした。


 でも、もう届かない。 もう、言葉にする意味もない。


「あなたの背中、ずっと見てたんだよ・・・」


 彼の血が、彼女の制服に滲んでいく。

 白い布が、じわじわと赤に染まっていくたびに、彼女の心にも、何かが染み込んでいく。


 それは、後悔だった。

 それは、言葉にしなかった気持ちの残響だった。

 それは、もう戻らない時間の重さだった。


「・・・ありがとう。ずっと、前にいてくれて。私、勝手に安心してた」


 周囲の音が、遠ざかっていく。

 戦場の喧騒も、仲間の叫びも、今は耳に入らない。

 彼女の世界には、彼の静けさしかなかった。


 彼女は、そっと彼の手を握る。

 その指は冷たくて、でも、確かに彼だった。


「・・・もう少しだけ、見ていたかったな。あなたの背中」


 彼女は、動けなかった。

 でも、彼を抱きしめる腕だけは、離さなかった。

 それが、彼女に残された、最後の距離だった。



『ミヤマ』は、今度こそ灰になった。

 むやみに伸ばされた首は無防備で、索敵担当が振り下ろした剣の一撃で、事足りた。


「はぁ・・・はぁ・・・」


 無駄に力が入ったのか、彼は肩で呼吸していた。

 剣を握る手が震えている。

 それは、勝利の余韻ではなかった。


「っ!?」


 身構える暇はなかった。


 索敵担当が索敵をしなかった間に、新手が接近していた。


 再びの『ミヤマクワガタ』の来襲。

 誰も、警告を発しなかった。


 索敵担当者は、声を出せなかった。

 彼の喉には、新たな『口』が開いていた。

 だが、その口は、声を発することはなかった。


 代わりに、血を噴き上げていた。


 その口は、喉の中央に、縦に裂けるように現れていた。

 歯も舌もない。

 ただ、開いている。

 ただ、流れている。


 誰かが叫んだ。

 誰かが、剣を構えた。

 誰かが、動けなかった。


 索敵担当は、膝をついた。

 その目は、まだ『敵』を見ていた。

 けれど、もう何も伝えられなかった。


 彼の役割は、そこで終わった。

 声を失った索敵は、ただの『目』だった。

 そして、目だけでは、戦場は守れない。


「な、あ・・・て、敵襲! 属性確認!」


 リーダーはもちろん、サブリーダーも動かない。

 索敵担当も、もう声を発せない。

 唯一、動ける男子が、我に返って叫んだ。


「ま、魔法じゅ、準備っ!」


 その声に、動きあぐねていた魔職女たちが、反射的に詠唱に入る。

 だが、その動きは、あまりにも無防備だった。


「ひぎゃっ!」


 悲鳴が上がった。

 次の瞬間、魔職のひとりが吹き飛ばされた。

 血が、霧のように舞う。


 誰も、彼女たちを守っていなかった。


 このパーティでは、リーダーが唯一の盾だった。

 誰よりも慎重に、誰よりも早く前に出る。

 それが、彼の役割だった。

 それが、彼女たちの『安心』だった。


 最初であり、最後の防壁。

 その存在が、今はもう、いない。


 リーダーが不在の前提は、考慮されたことがなかった。

 他のメンバーが動けない状況は想定していた。

 だが、『彼がいない』という未来は、誰の中にも存在していなかった。


 だから、誰もカバーに入らなかった。

 誰も、盾になれなかった。


 連携が、崩れていた。

 それは、戦術の崩壊ではない。

 信頼の構造が、根元から崩れた音だった。


 魔法の詠唱は、途中で止まった。

 声が震え、言葉が途切れ、魔力の流れが乱れていく。


 敵は、止まらない。

『ミヤマ』の羽音が、またひとつ、近づいてくる。


「あ、そ、そうか・・・!」


 男子が、慌ててリーダーの大盾を拾いに走る。

 その動きは、遅すぎた。

 そして、あまりにも無防備だった。


「ちょっ——!」


 当たり前だ。

『ミヤマ』に、待つ理由などない。


 近接職の抜けた穴。

 そこに、敵が滑り込む。

 まるで、最初からそこにいたかのように。


 ——ゴトン。


 杖を構えていた腕が、杖を握ったまま、床に落ちた。


 防御が、崩れた。


「属性確認っ!」


 魔職女をまとめる女が、声を張り上げる。

 だが、返事はない。


 一人は、床に転がる『それ』を見つめ、呆然としていた。

 もう一人は、索敵担当の亡骸を見て、震えていた。

 誰も、敵を見ていなかった。


 攻撃が、崩れていた。


「う、うわぁぁぁっ!」


 盾を拾った男子が、叫びながら突っ込む。

 その姿は、戦士ではなく、ただの『恐怖に駆られた子ども』だった。


「ほ、炎で・・・消えてっ!」


 火属性の魔法が、慌てて放たれる。

 だが、残念ながら、

 それは『正解』ではなかった。


『ミヤマ』は、怯えた盾役にのしかかる。

 その動きは、迷いがなかった。

 まるで、彼らの混乱を見透かしているかのように。


 そして——


 魔法が、爆ぜた。


 慌てて撃ち出された炎が、敵をかすめ、味方を包んだ。


「ぎゃああああっ!」


 火が、肉を焼く匂いが立ち上る。

 悲鳴が、通路に響く。

 誰の声か、もうわからない。


 すべてが、崩れていた。

 戦術も、連携も、信頼も。

 そして、命も。


「あ・・・」


 取り返しのつかない光景を前に、魔職女の膝が崩れ落ちた。

 力が抜けたのではない。

 支える理由が、もうなかったのだ。


 眼前に、『ミヤマ』が迫る。

 だが、もう『崩れるもの』すら残っていなかった。


 それでも——火は、役目を果たした。


 弱点ではなかった。

 だが、得意属性でもなかったらしい。

 炎は、確かに『ミヤマ』を焼いた。

 その羽を焦がし、脚を砕き、最後には、動きを止めさせた。


 結果的に、『ミヤマ』は倒れた。

 だが、終わったとき——立ち上がれる者は、誰もいなかった。


「あは・・・あはははは・・・」


 通路に、乾いた笑い声がこだまする。

 それは、サブリーダーの声だった。


 立つこともできず、 リーダーの体を抱きしめることもできず、ただ、崩れたままの姿で。


 笑い声は、どこか壊れていた。

 涙も、怒りも、もう出てこなかった。

 ただ、笑うしかなかった。


 彼女は、気づいていなかった。


 動けないまでも、触れ続けていたその体の下で——リーダーには、まだ意識があったことを。


 彼の指先が、わずかに動いた。

 それは、彼女の手を探すような動きだった。

 けれど、誰にも届かなかった。


 その瞬間、彼の目から、光が消えた。



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