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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
R15版。暴力・性的ニュアンスありバージョン

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第97話 傘はまた開く ~差し掛ける問い~

2/3

 


 目を開ける感覚はなかった。

 でも、彼女は『目を開けている』とわかった。

 そこには光も闇もなく、ただ、『彼』の気配だけがあった。


 彼は何も言わない。

 でも、彼の手が、彼の想いが、彼女の輪郭をなぞっていく。


 それは、形を与える行為。

 それは、意味を与える行為。


 彼の指先が触れるたび、彼女の髪は白くほどけ、風に揺れる糸のように長く伸びていく。

 肌は青白く、雨に濡れた紙のように透けていき、その上に、傘の骨のような文様が浮かび上がる。


 肩に、背に、腕に。

 まるで、かつての傘が彼女の中に沈み込み、今度は彼女自身が『差す者』として生まれ変わるかのように。


 頭上には、ひとりでに現れた黒い笠。

 その縁には、四角く切り抜かれた窓があり、そこから覗く彼女の片目が、赤く、静かに光っていた。


 その目は、かつて『傘の窓』だった左目。

 今はもう、傘がなくても、世界の断片を映し出す。


 彼女の衣は、闇を編んだような布でできていた。

 袖は風に揺れ、裾は霧に溶け、その姿は、まるで『問いそのもの』が形を持ったようだった。


「・・・私、もう終わったはずだったのに」


 その声は、誰にも届かない。

 でも、『彼』には届いている気がした。


 彼女は、問い続ける。

 なぜ私なの?

 なぜあなたは、私を呼び戻したの?


 これは、償い?

 それとも、罰?


 私は、もう終わったはずだった。

 あの瞬間、すべてを見届けて、すべてを受け入れて、ようやく静かに、傘を閉じたはずだった。

 あの赤い雨の中で、私は確かに『終わった』のに。


 なのに、どうして。

 どうして、また目を開けているの?


 彼女の中に、かつての赤い雨が流れる。

 傘の窓に映った断片が、今は彼の瞳に宿っている。

 まるで、今度は彼が『問いを持つ者』になったかのように。


「・・・あなたの未来に、私は必要なの?」


 その問いに、答えはない。

 でも、彼の手が止まらない限り、彼女は『形』になっていく。


 それは復讐の道具かもしれない。

 それは問いかける妖怪かもしれない。

 それは、ただの記憶の残響かもしれない。


 でも、彼女の心は、静かにこう呟いていた。


「・・・なら、せめて、私の目で見せて。あなたが選んだ未来を」


 目覚めは、音のない水面のようだった。

 揺れもなく、波もなく、ただ、意識が浮かび上がっていく。


 彼女は、目を覚ました。

 けれど、それは『目覚める』というより、『形を与えられた』という感覚だった。


 彼の手がなぞった輪郭は、もう人間のものではない。

 それは、問いを宿すための器。

 傘の骨のようにしなやかで、雨を受け止めるために広がる形。


 彼女は、自分の名前を思い出せなかった。

 人間だった頃の名は、傘の外側を流れる赤い雨に溶け、静かに、確かに、地面へと落ちていった。


 右目は、長く垂れた髪の下に隠れている。

 もう見る必要はない。

 見るべきものは、左目に映る。


 その左目が、赤く光った。

 傘の窓だった場所。

 今はもう、傘がなくても、世界の断片が流れ込んでくる。


 彼女は、歩き出す。

 自分の選択を見届けるために。

 そして、同じように選択をし、問いを持って帰ってきた仲間たちの『生末』を、この目で見届けるために。


 誰が問いを持ち続け、誰が問いを失い、誰が『モノ』になったのか。


 それを知ることが、今の彼女の存在理由だった。


 彼女は歩き出す。

 傘は持っていない。

 でも、彼女の周囲には、赤い雨が触れない。


 それは、問いが結界になっているから。

 それは、彼女が『妖怪』であるから。


 そして、彼女は仲間たちに向けて、最後にこう呟いた。


「・・・もし、あなたが『モノ』になったのなら。私が、あなたの問いを代わりに持つ」


 その言葉に、風が静かに応えた。

 そして、赤い雨が再び降り始めた。


 傘の窓はもうない。

 でも、彼女の目は、未来を映す力を宿していた。

 それは断片ではなく、連なった時間の流れだった。


 彼女は見た。

 赤い雨の中、傘を差して立つ少女たち。

 その瞳には、かつての自分と同じ不安と希望が宿っていた。


 でも、彼女はその前に立っていた。

 妖怪として。

 問いを持つ者として。

 そして、敵として。


 彼女の手が動く。

 問いが刃となり、言葉が呪となる。

 それは、答えを求めるのではなく、沈黙を裂くための力だった。


 少女たちは逃げる。

 叫ぶ。

 そして、傷つく。


 彼女は、その未来を見て、静かに目を閉じた。


「・・・私が、壊すの?」


「私が、かつての私を、傷つけるの?」


 その問いは、誰にも届かない。

 でも、彼女の中で、深く響いた。


 彼女は知っている。

 その未来は、避けられないかもしれない。


『彼』の願い。

 仲間たちの痛み。

『モノ』になった者たちの沈黙。

 それらすべてが、彼女をその未来へと押し出している。


 でも、彼女は、もう一つの問いを持っていた。


「・・・もし、私が問いを持ち続けるなら。その未来に、意味を与えられる?」

 彼女は、戦うかもしれない。

 傷つけるかもしれない。

 でも、問いを持っている限り、ただの加害者にはならない。


 それは、贖罪ではない。

 それは、正義でもない。

 それは——記憶の継承。


 彼女は、未来を見て、歩き出す。

 その足取りは重く、でも確かだった。


「・・・なら、私は問う。あなたは、誰を守りたいの?」

 その問いが、未来の中で誰かに届くことを願って。


 赤い雨は、静かに降り続けていた。

 彼女は、問いを持って歩き続ける。

 誰かの記憶を背負い、誰かの未来を見つめながら。


 彼女の姿は、霧の中に溶けていく。

 でも、傘の窓に映った問いは、まだ消えていない。


「あなたは、誰を見捨てたの?」


「あなたは、何を見なかったの?」


「あなたは、誰かの痛みに、目を向けたことがある?」


 その問いは、次の誰かに届く。

 まだ名前も知らない、別の誰か。

 彼もまた、赤い雨の中に立っている。

 そして、運命に流される音が、静かに始まる。


 かつての名前は忘れたけれど。

 新しい名前とともに、再び立つ私がいる。



 雨の日には、涙を受ける雨傘を。

 晴れの日には笑い声を拒絶する日傘を。

 気持ちが折れた日には折れていても開く折り畳み傘を。


 陽気な朝には洋傘を。

 和みの昼には和傘を。

 複雑な一日には蝙蝠傘を。



 私はいつでも差しましょう。

 この『差傘ひより』が。




「・・・え?」

 カルマが歩き出す。


 妖怪たちは、その背中を見送り、ゆっくりと動き出す。

 その中で、ひよりは言葉を飲み込んだ。


 見なかった『未来』が、そこにある。

『達磨』が歩いていた。

『テケテケ』が立っている。


 しかも、『名前』が付いている。

 他の妖怪はともかく、『達磨』と『テケテケ』には名前がなかったはずだ。


「・・・未来が、変わっている・・・」

 そう感じた。


 何かが、変わったのだ。

 それが、なんなのかを見定めなくては——。



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