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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
R15版。暴力・性的ニュアンスありバージョン

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第95話 傘を差す ~赤い雨~ 中編

3/3

 


 彼女は戦うために出たのではなかった。

 何かを確かめるために、傘の外に出たのだ。

 誰がこの状況を仕組んだのか。

 彼女にだけ見えていた『あの影』が何者なのか。


 背後で少女たちが叫ぶ。

 傘の内側で、誰かが泣き出す声が聞こえた。

 誰かが「大丈夫」と繰り返している。

 誰かが、傘の骨を握りしめて震えている。


 でも彼女は、振り返らない。


 彼女以外には『虫』しか見えていない。

『彼』の影は、香子の左目にだけ映っていた。

『あの影』を見て、追おうとしているのは自分だけだ。


 傘の中に残された彼女たちは<この先、何を見て、何を失うのだろう。

 その未来の断片も、香子の左目には映っていた。

 けれど、それを伝えることはできなかった。


 伝えたところで、誰も信じない。

 信じたとしても、選べるとは限らない。

 だから、彼女が行くしかなかった。


 彼女の選択は、真実に触れること。

 たとえその先に、守るものも、壊すものも待っていたとしても。


 それは彼女の秘められた『能力』。

 ステータスには出ない、彼女だけの秘密。


『下駄占い』と呼ばれるもの。

 雨具を身につけているときだけ発動する、未来の断片を左目に映す力だった。


 傘を、レインコートを。

『雨』に関するものを身に付けているときにだけ現れる不確かな力。

 左目でだけ、未来の断片を『見る』能力。


 赤い雨が降る前、彼女はすでに見ていた。

 倒れていく制服姿の少女たち。

 そして、虫たちの群れの奥に立つ、顔のない影。


 その未来を変えることはできないかもしれない。

 けれど、確かめることはできる。

『なぜ、そうなるのか』を。

  『誰が、そうしたのか』を。


 だから、彼女は傘を閉じた。

 そして、歩き出した。


「・・・やっぱり、来るんだね」

 彼女はそう呟いて、傘の柄をぎゅっと握った。


 この力は、予知ではない。

 それは『選択の提示』。

 決められた未来が見えるわけではない。

 ただ、いくつもある選択肢の、その先にある『ひとつ』の断片が、左目にだけ、静かに滲んでくる。


 それも、ほんの一部。

 自分の選択が、他人の選択が、織りなす数多の未来。

 その中の、ひとつの『かけら』。


 とりとめがない。

 信頼性もない。

 けれど、そこに映るものは、必ず『どこかに存在する可能性』だった。


 彼女は、何度も見てきた。

 誰かを助ければ、誰かが消える。

 自分から動けば、見える範囲は広がるが、危険も増える。


 それでも、彼女は今日も傘を差して立っている。

 なぜなら、彼女が自分に課した役目は、『選ぶこと』ではなく、『選ばれた未来に責任を持つこと』だから。


 傘の窓——彼女の左目にだけ映る、未来の断片を覗くための『視界』。

 そこに、影が立っていた。


 最初は、ただの黒い塊だった。

 形もなく、顔もなく、ただ赤い雨の中に、じっと立ち尽くしていた。


 けれど、彼女の左目がそれを捉えた瞬間、断片が、流れ込んできた。


 ——誰かが叫んでいる。

 ——誰かが逃げている。

 ——誰かが、振り返らずに走っている。


 その『誰か』の顔は、見覚えがあった。

 制服の裾。

 背を丸めて歩く姿勢。

 右の肘を左手で庇う、あの癖。


 記憶の底に沈んでいた『誰か』が、赤い雨の中で、輪郭を取り戻していく。


 彼女の心臓が、ひとつ脈打つたびに、断片が、音を立てて繋がっていく>


「・・・嘘でしょ」


 彼女は、傘の窓から目を離せなかった。

 視界の端が滲んでいくのに、まばたきすらできなかった。

 断片は、次々と繋がっていく。

 まるで、忘れていた記憶が、強制的に呼び戻されるように。


 赤い雨の中、虫たちが舞っていた。

 羽音は耳を裂き、空気を裂き、世界を切り裂いていた。

 その中心に、ひとつの影が立っていた。


 かつての仲間——駆馬。


 彼は、あの日、誰にも助けられずに消えたはずだった。

 誰もが目を逸らし、誰もが『いなかったこと』にした。

 そうするしかなかった。

 そうすることでしか、自分たちは前に進めなかった。


 でも、傘の窓が見せたのは違った。


 彼は、生きていた。

 いや、『生き延びてしまった』のかもしれない。

 そして今、顔を失ったまま、復讐の使者として、赤い雨の中に立っていた。


 彼女の心臓が、ひとつ脈打つたびに、断片が鮮明になっていく。


 彼は声を上げなかった。

 彼は誰のことも見なかった。

 見ていたのは、自分の失われた未来。

 誰にも差し出されなかった手。

 誰にも呼ばれなかった名前。


「・・・私たちが、見殺しにしたんだ」


 その言葉は、誰にも聞かれなかった。

 けれど、傘の窓は、それを確かに映していた。

 彼女の左目にだけ、あの日の沈黙が焼きついていた。


 彼女は、傘を閉じた。

 赤い雨が、肩に落ちる。

 冷たいはずの雫が、皮膚を焼くように熱い。

 それは、罪の重さだった。


 彼女は歩き出す。

『彼』の影へと。

 かつて見捨てたその背中へと。


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