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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
R15版。暴力・性的ニュアンスありバージョン

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第94話 傘を差す ~赤い雨~ 前編

2/3

 

 昼過ぎの安全地帯は、いつも通りの静けさに包まれていた。

 風は穏やかで、空には薄い雲が流れ、女子高生たちは思い思いに談笑していた。


 手にしているのは戦利品。 ここまでの探索で手に入れていたものだ。


 中でも彼女たちが気に入っていたのは『傘』。

 宝箱で頻繁に見つかった『虫除け傘』だ。

 見た目は普通の雨傘と変わらないが、魔法の加工が施されていて『虫』を寄せ付けない簡易の結界を張れるもの。


 使うかと問えば、全員が「使わない」と答えるだろう。

 彼女たちが気に入っているのは『効果』ではなく図柄だった。

『ダンジョン』で見つかるにしてはカラフルで、可愛らしいモノが多いのだ。


『外』で使うのならいいかもしれない。

 そんな話題で盛り上がっていた。

 ダンジョンの虫型モンスター相手には『使えない』道具だが、『外』で普通の虫相手の『虫除け』なら『大歓迎』である。


 ただ、歓迎されない『虫』は、突然やってきた。


 空がざわめいた。

 雲が裂けるようにして、巨大な虫たちが降ってきた。

 羽の音は雷鳴のように響き、地面に落ちた影が、まるで生きているかのように蠢いた。


「えっ・・・なに・・・?」

 誰かがそう呟いた瞬間、悲鳴が上がった。


『虫だ!』、と。

 ダンジョン内で『虫』、それは敵襲ということ。

 少女たちは慌てて傘を開き、身を寄せ合うようにして隠れた。

 ピンク、水色、黄色——傘の色が、まるで命の灯のように揺れていた。


 傘の内側は静かだった。

 赤く光る雨が降り始め、傘の表面に当たるたびに、虫たちが弾かれていく。

 それでも、傘の外では何かが始まっていた。


 制服姿の誰かが、傘を持たずに立ち向かっていった。

 その先から届くのは、叫び声、衝突音、そして——沈黙。



 傘の窓から彼女は外を見ていた。

 片目だけが覗くその視線は、恐怖ではなく、何かを見定めるような冷静さを帯びていた。


 その目に映るのは、ただの『虫』ではなかった。

 赤い雨に染まる空と、震える傘の群れ。

 そして、その向こう側に立つ、形を持たない“何か”。


「・・・始まったんだね」

 誰かが、ぽつりと呟いた。


 傘の中にいた少女たちは、ただ黙ってその言葉を受け止めた。

 安全だったはずの場所は、もう安全ではない。

 そして、傘の中にいる彼女たちも、いつまで守られるかはわからなかった。


 傘の窓から、彼女は『外』を見ていた。

 誰の目にも映らないものが、彼女の左目にだけ、静かに滲んでいた。


 赤い雨に染まる空。

 震える傘の群れ。

 その向こうに、世界の裏側が、ひび割れのように覗いていた。


 彼女にだけ見える、『ちょっと先に、起きるかもしれない未来』。


「・・・行くね」


 誰にも聞こえないような声でそう言うと、彼女は傘を閉じた。


 赤い雨が、肩に落ちる。

 それは、忘れられた者たちの怒りと悲しみが染み出した『呪いの雨』。

 冷たいはずなのに、肌に触れた瞬間、焼けるような熱を帯びていた。


 それでも、彼女は一歩、前へ踏み出す。


 傘を閉じた瞬間、周囲の虫たちがざわめいた。

 羽音が乱れ、空気が震える。

 けれど、彼女の足元に影は差さない。

 まるで、彼女自身が『傘』になったかのように。


 物としての傘は、確かに閉じた。

 だが、彼女の中にある『視る力』が、今も静かに開いていた。

 それは、結界ではない。

 それは、盾でもない。


 それは、『問い』だった。

 この世界に向けて差し出す、彼女だけの問いかけ。


 ——なぜ、私はこれを見てしまうのか。

 ——なぜ、私はここに立っているのか。

 ——なぜ、誰も気づかないのか。


 彼女は戦うために出たのではなかった。

 ただ、『見る』ために。

 確かめるために。


 傘の外に、答えがあると信じて。



評価いただけると続編を書く意欲に直結します


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