第92話 妖怪制作 ⑥ ~唐笠お化け(渡瀬香子)~ 前編
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傘が落ちている。
使用者だったはずの少女たちと共に。
色とりどりの傘が、床に散らばっていた。
鮮やかで、華やかで、どこか場違いなほどに美しい。
だが、その傘の下には、制服の切れ端や、血の染みが点々と残されていた。
可愛らしい水玉模様。
シックなチェック柄。
モダンな格子模様。
どれも、誰かの『日常』を守るために選ばれたものだった。
今はもう、誰の手にも握られていない。
傘だけが、そこにある。
まるで、持ち主の不在を嘆くように、静かに開いたまま。
さしずめ、傘の見本市。
だが、ここに並ぶのは『使用済み』の品々。
役目を終えた道具たち。
そして、その周囲には、学生の誇りと記憶の残骸が、沈殿物のように広がっている。
華やかな軽さと、沈殿する重さ。
その対比に、目が回りそうだ。
どちらも、貴重なモノには違いない。
かつては低価値とされたアイテム。
かつて、あったはずの尊厳を自ら貶めた存在の、その残骸。
どちらも等しく、記憶を引き出すための鍵として残されている。
『妖怪』たちとともに、もはや慣れきった作業を進めていく。
傘はたたまれ、制服は専用の処置を施される。
血の染みは、素材としての価値を損なわない限り、無理に落とす必要はない。
むしろ、記憶の定着には有効だ。
最後に残るのは、余計なもののなくなった沈殿物。
記憶や感情の残骸のようなもの。
それらを、丁寧に分類していく。
『河童』や『雪女』のような上位の『レア妖怪』に昇華させるか。
あるいは、名もなき『下位妖怪』として、素材の一部に還元するか。
カルマは、指先で沈殿物をすくい上げ、光に透かして見る。
色、重さ、温度、残留思念の濃度。
すべてが、分類の基準になる。
一つ、確かなことがある。
無為に朽ちさせはしない。
どんなに小さな記憶でも、どんなに薄い感情でも、『使い道』がある限り、価値はある。
それが、カルマの信条だった。
「ああ、『レア』がいた」
沈殿物の中に、見知った顔がある。
カルマは、手を止めない。
分類は続ける。
いつも通り、淡々と。
けれど、『その顔』を見た瞬間、ほんのわずかに、指先が止まった。
理由はわからない。
ただ、そう思ったのだ。
これは『レア』だと。
素材としての価値は高い。
記憶の濃度、感情の残滓、視線の残り香。
どれをとっても、上位種への昇華に足る。
だが、それだけだろうか。
この顔を、どこかで見たことがある。
それも、ただの記録としてではなく――もっと、近くで。
もっと、強く。
カルマは、眉をひそめた。
そんなはずはない。
自分は、感情で判断などしない。
すべては、効率と価値の問題だ。
それでも、目が離せなかった。
その『顔』が、沈殿物の中に沈んでいくのを、ただの素材として見送るには、何かが引っかかっていた。
「・・・そうか。レア、か」
自分で口にしたその言葉が、妙に耳に残った。
「・・・・・・」
妖怪たちが顔を見合わせる。
カルマの言う『レア』に、なにかの法則性があるような気がし始めていた。
気まぐれで言っているのではない。
何か、はっきりとした指標がある。
そんな予感だ。
顔を覚えている。
名前を呼べる。
そんなような共通点があるのではないだろうか?
それが、『人間の記憶』を持ったまま妖怪化した自分たちと、『人間だった』ことを斬り捨てられて素材にされる者の差。
間違いかもしれない。
だけど、正しい気がする。
そして、それが『カルマという人間』を救う手掛かりかもしれない。
彼はまだ、壊れ切ってはいない。
――かもしれない。
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