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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
R15版。暴力・性的ニュアンスありバージョン

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第89話 最下層の討伐者たち ~糸に絡め取られた欲望~ 前編

3/3

 

「この糸がねぇ?」


 イクヨは、天井から垂れ下がる無数の糸束を見上げて、眉をひそめた。

 どう見ても、ただの薄汚れた繊維の塊。

 埃を吸い、湿気を帯び、ところどころに黒ずみが浮いている。

 それでも、これが『貴重な素材』だというのだから、信じがたい。


『糸まみれの部屋』へは、あっけないほど簡単にたどり着いた。

 マップはすでに完成していて、迷う心配もない。

 モンスターの気配もなく、足音だけが静かに響く。

 まるで、ダンジョンではなく、廃墟を散歩しているような気分だった。


 けれど、どこかで感じていた。

 この静けさが、異様に思えることを。

 誰も口には出さなかったが、胸の奥に、うっすらとした不安が沈んでいた。


「何度見ても邪魔くさいわね、コレ」


 イクヨは、縦横無尽に走る糸の束を見て、ため息を吐いた。

 床にも天井にも、壁にも絡みつくように積もっている。

 まるで、誰かの意図で『動けなくするため』に敷かれた罠のようだ――と、誰も思わなかった。


「でも、これがメッチャ貴重な『素材』だと思うと?」


「もうちょっと積み上がっててもいいと思うわ!」


 女子B——エリの問いかけに、女子A——イクヨは即答した。

 その目は、糸ではなく『金』を見ていた。


「うわ。ロコツ!」


「『現金な』って表現があるけど、まさにソレって感じ」


「金の亡者って、あんたのことだったのね」


「ぎゃははは、ピッタシすぎる二つ名だな!」


「確かに!」


 笑い声が、糸の間をすり抜けてこだました。

 その音が、何かを呼び起こすような気がしたが、誰も気にしなかった。


「はいはい」


 リーダーが手を叩いて、空気を切り替える。

「二つ名が付いたお祝いは帰ってからにして、手を動かして!」


 部屋は広く、糸の量は膨大だった。

 歩くだけなら「邪魔」で済むが、回収となると話は別。

 絡みつく繊維は、まるで意思を持っているかのように、手にまとわりついた。


「二つ名じゃないし。お祝いは儲けたらだし!」


 女子Aはブツブツ言いながらも、誰よりも早く手を動かす。

 金になるとわかれば、面倒でも働ける。

 その姿は、欲望に忠実で、効率的だった。


 糸集めは難しくない。

 束の半ばを掴んで、ぐるりと回す。

 回せば回すほど、糸は締まり、コンパクトになっていく。

 まるで、何かを『封じ込める』ように。


「これ、ひと巻きでいくらになるのかなぁ?」


 軽いステップで飛び回りながら、イクヨは誰よりも働いた。

『金の亡者』と呼ばれた彼女は、笑われても気にしない。

 欲望に忠実であることが、彼女の強さだった。


「あんたんとこ、そんな貧乏だっけ?」


 呆れたように、女子C——オソノが問いかける。

 イクヨは、糸束を巻きながら答えた。


「今使ってるパソコン、兄貴のお古でさ。もうじきサポートが切れるのよ! ここらで最新鋭機を導入するんだ!」


「ああ、それで」


 オソノは納得したように頷いたが、目は笑っていなかった。

 チラリと周囲と視線を交わす。

 誰もが、同じ疑問を抱いていた。


『探索者』をしていれば、パソコンくらいは余裕で買える。

 それなのに、彼女は慌てて金を集めている。

 その理由が、どうにも腑に落ちない。


 周囲の者たちは、小さく首を振った。

「理解できない」という意思表示だった。

 彼女の金銭感覚は、どこかズレている。


「臨時ボーナスがあれば、お母さんもお金をくれるはず!」


「あっ!」


 その一言で、全員が納得した。

 イクヨは、口座管理を母親任せにしているのだ。


『探索者』は、中学卒業時に自分の口座を持つ。

 クエスト報酬の受け取り用であり、自己管理の第一歩。

 それが『自立』の証でもある。


 なのに、彼女は未だに親の管理する振込口座を使っている。

 自分の稼ぎも、貯蓄も、把握していない。

 金を欲しがるくせに、金の流れを知らない。


 それは、依存だ。

 自立心の欠如。

 そして、どこかで『責任』を放棄しているように見えた。


「・・・なるほどね」


 誰かが、そう呟いた。

 その声には、少し冷たさが混じっていた。


「やっと終わったわ・・・」


 イクヨが、深々と息を吐いた。

 その声には、達成感よりも疲労の色が濃く滲んでいた。


 作業開始から、すでに三時間以上。

 誰もが無言で手を動かし続け、休憩すら取っていなかった。


「腕が、腕がつる・・・」「こ、腰がぁ・・・」「指がもう、感覚ない・・・」


 あちこちから、悲鳴のような声が上がる。

 笑いも冗談も、もう出てこない。

 糸の回収は、想像以上に体力を削った。


「キレイになったし、ここで休憩にしましょう」


 リーダーの声に、皆がほっと息をつく。

 かつて糸で埋め尽くされていた部屋は、今やがらんどうの空間。

 その静けさが、どこか不自然に思えるほどだった。


「賛成! あ、そだ。一応、これも回収しとこう!」


 女子Aが、ふらつく足取りで部屋の奥へ向かう。

 そこに鎮座していたのは、典型的な宝箱。

 木製の外装に、ドーム型の蓋。

 いかにも『ご褒美』といった風情。


「どうせビミョーなアイテムでしょーけど、売れば小銭にはなるしね」


 彼女はそう言って、蓋に手をかけた。

 誰も止めなかった。

 誰も、疑わなかった。


 この部屋には、モンスターはいない。

 罠もない。

 そう思い込んでいた。


 それが、最大の油断だった。


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