第88話 片翼の焦がれ ~迷いと選択の双翼~ 後編
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「完成だ」
笑みを含む声が、風の中に響いた。
その響きは、かつての対比をなぞるようだった。
構図は変わらない。
ただ、立場が逆転している。
『彼』が見下ろし、『私』は見上げる。
強く存在する『彼』。
消えそうな『私』。
でも――
『彼』の手が、髪に触れた。
その指先は、かつてと同じように優しく、でも冷たかった。
まるで、壊れたものを確認するような手つき。
「まだ、触ってくれるの?」
細く、小さな呟き。
風にかき消されそうな声。
それでも、『彼』は拾い上げた。
その声に、応えた。
「君は、オレのものだ」
その言葉は、宣言だった。
所有の証。
『私』は、『私の居場所』を得た。
その瞬間、胸の奥が軋んだ。
嬉しさと、怖さが同時に押し寄せる。
必要とされることは、救いだった。
でも、『もの』として扱われることは、痛みだった。
それでも、手を伸ばすことに躊躇はなかった。
なぜなら、この手もまた『彼』のものなのだから。
きっと、それが一番の望みだった。
誰かに必要とされたい。
誰かの役に立ちたい。
それが叶ったのだと、悟った。
「ああ、私は『こう』なりたかったのだ」
強く、美しい『自分』の影として、安全に守られる。
拒絶でも、無視でもなく、必要としてくれる人の側に立つ。
それは、歪んだ願いかもしれない。
でも、今の『私』には、それしか残っていなかった。
後ろめたくはある。
だから、顔は上げられない。
でも、目は開こう。
過去を未来に紡ぎ、『彼』と生きる未来を編む。
風の翼が、きっと役に立つ。
私は、『彼』の役に立つ風となる。
風に削られながら、彼の背に手を伸ばす。
それは、赦しではなく、役に立ちたいという願いだった。
『彼』の言葉が、胸の奥に残響する。
「君は、オレのものだ」
その一言が、魂の奥底にまで染み込んでいく。
完璧な彼女――あの強く、美しい存在。
そして、自分――削られ、捨てられ、影に成り果てた存在。
どちらか一方だけでは、きっと意味をなさなかった。
風は、どちらかが欠ければ崩れる。
どちらかが前に出すぎれば、濁ってしまう。
でも今、『彼』は両方を見てくれた。
完璧な彼女だけでなく、そこからはじき出された『わたし』も。
痛みも、迷いも、弱さも、すべてを抱えたままの『わたし』を。
戸惑いが、胸を締めつける。
こんな自分が、受け入れられていいのか。
こんなにも醜く、壊れて、役に立たない影なのに。
けれど、風は優しかった。
今だけは、刃ではなく、包むように吹いていた。
それが『彼』の意志なのだと、わかった。
「ありがとう・・・」
その言葉は、風に乗って、ようやく届いた。
誰にも届かなかった声が、今、確かに拾われた。
だから、名乗ろう。
この痛みも、迷いも、すべてを抱えたまま。
風と共に生きる、私たちの名前を。
「私たちの名前は――」
「比翼ふげん」「そして、比翼みれん」
「一人から二人かぁ…お得だね!」
悠がはしゃいでいる。
「お得って…」
友梨が頭を抱えている。
「私なんて半分になっているんだけど…」
床に頬杖をついて、ひろがグチっている。
「……」
みずほは背後にうずくまる泥のウシガエルを振り返った。
「……」
志乃も、自分の手足を見下ろしている。
妖怪たちは、ちょっと複雑そうだった。
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