第87話 片翼の焦がれ ~迷いと選択の双翼~ 中編
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「わたし・・・あんなふうに見えてたんだ」
羞恥が、魂を焼いた。
あの頃の自分を思い出すたび、胸が締めつけられる。
誰かに見透かされるのが怖くて、虚勢を張って、空っぽの強さを振りかざしていた。
そして今、その『空っぽの強さ』が、完璧な形で完成してしまった。
中身のない器が、最も美しく、最も強い存在として、世界に立っている。
「わたしは・・・わたしを、間違って作ったんだ」
その気付きは、風よりも鋭く、魂を貫いた。
でも、だからこそ。
だからこそ、あの背に手を伸ばした。
完璧な彼女は、振り返らない。
風を纏い、羽根を揃え、迷いなく進む。
その背中は、かつての自分が演じようとした『強さ』の完成形。
中身が空でも、痛みを切り捨てても、誰かのために立ち続ける姿。
それは、もう自分ではない。
でも、自分が生み出したもの。
自分の体が核となり、自分の願いが形となった存在。
「だったら・・・せめて、支えたい」
魂の彼女は、半歩遅れてその背に付き従う。
それは、赦しでも、愛でもない。
ただ、自分の過ちを受け入れた者が、責任を果たすための歩み。
風が吹くたび、羽根の欠片が彼女の痛みをなぞる。
それでも、影はついてくる。
完璧な彼女が振り返ることはない。
でも、影はそれを望まない。
「わたしは、わたしの罪の形」
そう呟いて、魂は風に削られながらも、歩みを止めなかった。
この妖怪は、もう言葉を持たない。
喉は潰れ、声帯は風に擦り切れ、音を紡ぐ術を忘れてしまった。
それでも、風の音に合わせて、かすかな呻きが漏れる。
それは、かつての詠唱の残響。
祈りにも似た、断末魔にも似た、名もなき声。
「・・・まもりたい」
「・・・いきたい・・・」
その声は、もはや音ですらなかった。
風に紛れ、空気に溶け、誰の耳にも届かない。
完璧な彼女は、前だけを見ている。
その背に、何も感じさせず、何も背負わず、ただ進む。
その背後に、腐り落ちた良心が、風に削られながら付き従う。
かつて『守りたい』と願った心。
かつて『生きたい』と叫んだ魂。
それらは今、形を失い、ただの影となって、地を這うように彼女の後を追っていた。
風が吹くたび、影の表面が剥がれ落ちる。
皮膚のようなものが裂け、内側の虚無が露わになる。
それでも、影は止まらない。
止まることが、存在の終わりを意味するから。
前を歩くのは、完璧な彼女。
風を纏い、羽根を揃え、迷いなく進む。
その歩みは、まるで機械のように正確で、冷たく、止まることを知らない。
その背後に、半歩遅れてついてくるのは、不完全な亡霊。
制服は裂け、布の端からは乾いた血がこびりついている。
濁った瞳は焦点を持たず、ただ前をなぞるように動くだけ。
肌は風に削られ、ところどころ透けて、魂の輪郭が滲み出していた。
二つは、同じ魂から生まれた。
一方は『選択』を受け入れ、痛みを切り捨てて前に進んだ。
一方は『迷い』に囚われ、痛みを抱えたまま、後ろから追いすがる。
互いに言葉は交わさない。
けれど、風が吹くたび、羽根が揺れるたび、二つの存在は、同じ詠唱をなぞる。
それは、かつて一つだった魂の、断絶と共鳴の旋律。
「わたしは、わたしを捨てた」
「わたしは、わたしを守った」
その矛盾が、風を強くする。
相反する二つの声が、空気を裂き、魔法の核を震わせる。
完璧な彼女の魔法は、不完全な亡霊の痛みを燃料にしている。
切り捨てられた感情、踏みにじられた願い、忘れられた祈り――それらが、風の渦となって彼女の背を押す。
亡霊は、影として存在することで、風を支えている。
その存在が削られるたび、風は鋭さを増し、魔法は純度を高めていく。
まるで、魂の断片を燃やして、力に変えているかのように。
二つの存在は、比翼連理。
片翼ずつを持ち、同じ風に乗る。
どちらかが欠ければ、風は崩れる。
けれど、どちらかが前に出れば、風は濁る。
均衡は、痛みの上に成り立っている。
だから、二つは並ばない。
常に半歩の距離を保ち、互いに触れず、互いに支え合う。
それは、絆ではない。
依存でもない。
ただ、崩壊を避けるための、ぎりぎりの共存。
それは、愛ではない。
赦しでもない。
ただ、『生き損ねた魂』が、風の中で形を保つための、もっとも近くて遠い関係。
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