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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
R15版。暴力・性的ニュアンスありバージョン

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第86話 片翼の焦がれ ~迷いと選択の双翼~ 前編

3/3

 


(魂の彼女の視点)


 彼女は、見ていた。


 自分の遺体が、銀鶴と融合していく様を。

『彼』の手によって、血の滲んだ肉体が丁寧に解体され、再構築され、やがて『完璧』な存在へと仕立て上げられていく。


 その姿は、あまりにも美しかった。

 羽根は一糸乱れず、風は迷いなく流れ、命令に忠実。

 誰かを守るために、誰かを切り捨てることを、まるで呼吸のように当然とする。


 その笑みは、冷たく、そして確信に満ちていた。

 まるで、最初からそうあるべきだったかのように。

 美しく、冷たい風が、彼女の魂を切り裂くように吹き抜ける。


「これが・・・わたし?」


 魂の彼女は、風の中で震えた。

 その姿は、かつて夢見た『強さ』だった。

 誰にも怯えず、誰にも縋らず、自分の選択に迷わない存在。


 けれど、胸の奥が焼けるように痛んだ。

 それは、仲間の声を聞いたときの痛み。

 助けたいと願った瞬間、心に走った裂け目の痛み。

 そのすべてを切り捨てた『完成形』が、今、目の前に立っている。


 しかも、それは――自分の肉体を核にして生まれたものだった。

 自分の皮膚が、骨が、髪が、あの羽根の一枚一枚に変わっている。

 自分の命が、あの冷たい風を吹かせている。


「・・・わたしの体、こんなに綺麗だったんだ」


 思わず、そんなことを考えてしまった自分に、吐き気がした。

 あの姿は、あまりにも整っていて、あまりにも理想的で――自分がどれだけ願っても、届かなかった『完成』が、そこにあった。


 妬ましい。

 羨ましい。

 でも、それはもう、自分ではない。


「わたしは、わたしに負けたんだ」


 風が、彼女の言葉をさらっていく。

 その風は、もう彼女を必要としていない。

 彼女の魂は、ただの素材だった。

 願いだけを残して、あとは切り捨てられた。


 魂の彼女は、そっと手を伸ばした。

 風に――かつて自分の中を流れていた、あの力に触れようとして。


 けれど、指先は空を掴むことすらできなかった。

 風は、彼女の存在を認識することなく、無慈悲にすり抜けていく。

 まるで、そこに『彼女』など初めからいなかったかのように。


「・・・ああ、そうか」


 気づいてしまった。

 この風は、もう自分のものではない。

 あの羽根が纏う風は、彼女の心を映さない。

 それは、命令に従うためだけに吹く風。

 温もりも、迷いも、痛みも、すべてを拒絶する風。


「わたしは、もう・・・いらないんだ」


 その言葉は、風に溶けることすらなく、空気に押し返された。

 まるで、存在そのものがこの世界にとって異物であるかのように。

 彼女の声は、誰にも届かず、ただ虚空に吸い込まれていく。


 風が吹くたび、魂が削られていく。

 目に見えない刃が、心の輪郭を少しずつ削ぎ落としていく。

 痛みはない。

 ただ、冷たい。

 それが、かえって恐ろしかった。


「わたしは・・・わたしを失った」


 その呟きは、風に溶けることすら許されなかった。

 空気は、彼女の声を拒むように震え、ただ冷たく流れ去っていく。


 完璧な彼女は、振り返らない。

 その背は、まるで『過去』を見ないように訓練された兵士のようだった。

 一切の迷いも、情も、そこにはなかった。


 羽根が揺れるたび、空気が裂ける音がした。

 それは、風の音ではなかった。

 魂が、薄皮を剥がされるように削られていく音だった。


 彼女の魂は、銀鶴の影に縋るように漂っていた。

 誰にも見えず、誰にも触れられず、ただ『自分の成れの果て』を見つめ続けるしかなかった。


 その背中は、あまりにも遠い。

 けれど、あまりにも馴染み深い。

 あれは、かつて自分がなりたかった『理想』の形。

 でも今は、それに触れることすら許されない。


「わたしは、わたしの中に入れない」


 その言葉は、風に拒まれ、空気に押し返され、彼女の中で反響した。

 まるで、自分自身にすら拒絶されているようだった。


 ――でも、ふと、思った。


 あの背中。

 あの冷たい笑み。

 あの、誰も顧みないまなざし。


「・・・あれは、わたしだ」


 完璧な彼女を見て、初めて気づいた。

 あれは、ただの『完成形』なんかじゃない。

 あれは、かつての自分が夢見て、演じて、空回りしていた『強さ』そのものだった。


 誰にも頼らず、誰にも怯えず、選択に迷わないふりをしていた。

 本当は怖くて、弱くて、でもそれを隠すために、強がっていた。

 その痛々しい仮面が、今、完璧な形で目の前に立っている。



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