第85話 妖怪制作⑤ 鶴女房 ~風を選ぶ者~ 後編
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風は止まった。
風が止まった瞬間、影が胸を貫いた。
羽根は散り、命は沈んだ。
そして、静かに羽根を広げた。
彼女の魔法『銀鶴』が、彼女の悔いと執着を抱いて形を持った。
それで、終幕。
すべて終わったはずだった。
命の終わり、未来の終わり。
なのに、続きがある。
終わらせてもらえなかった。
呼び戻された。
未だ形を与えられない朧な存在。
なのに、記憶はしっかりしていた。
自分のしてきたことを見せつけられる。
「やめて! わたしは、そんなふうに生きたかったんじゃない!」
呼び出された魂は、まだ死の痛みを覚えている。
仲間を見捨てた記憶。
風を盾にした罪。
それでも生きたかったという執着。
その魂に、鶴が語りかける。
「あなたは、風が吹く方向を選んだ。わたしは、その選択の形」
鶴は、彼女の魔法スキルの具現。
感情はない。
知性も、本来はない。
けれど、彼女のすべてを記憶している。
彼女の意志を、汲み取るためだ。
戦場での動き。
常に思考を働かせていては間に合わなくなる場面。
細かな動きの調整を魔法スキルが、彼女の意思を記憶したスキルが代行していた。
彼女の望みを誰よりも知る存在。
彼女自身よりも知る存在。
「わたしは間違ってた。助けるべきだった!」
「それでも、風を操ったのはあなた。わたしは、あなたの『願い』そのもの」
魂は震える。
鶴は静かに羽根を広げる。
その羽根は、仲間の声をなぞるように風を揺らす。
失っていた『体』が再構築される。
目的が明確になっていく。
自分が何になろうとしているのかを自覚する。
「この体を、『妖怪』にする? 誰が? なんのため?」
「あなたは、誰かに愛されたかった。だから、吹かせる風を選んだ。選ばれた者が、そうとは気が付かないほど、弱かったけれど」
否定できず、魂は泣く。
肯定するように、鶴は寄り添う。
「私は、そこまでして『生きたい』の?」
『妖怪』になることを受け入れてまで?
魂は問う。
「もう一度選んで。誰かのために舞うか、自分のために沈むかを」
強い言葉で鶴が迫る。
「選べるの?」
「・・・・・・」
問いに鶴は答えない。
別のモノが答えた。
◇転換◇
「お前は、あの時。オレを見捨てた」
その声は、聞き覚えがあった。
だけど・・・何か違う気がする。
本人ではないのかもしれない。
声も現実ではない。
形を伴わない意識。
そこへ吹きこんでくる意志ある風。
そんなところだろう。
小夜は、かつて『彼』を見送った。
その人は、風に舞う羽のように消えた。
彼女の魔法が届かなかった、届けなかった。
最初の後悔。
『みんな』の総意で選ばれた犠牲。
『爆弾』となった仲間。
始まりの裏切り、その人の声。
自分が、『誰』によって呼び戻されたかを理解した。
魂は震える。
銀鶴が、静かに羽根を閉じる。
空気が重くなる。
風が、彼女の罪をなぞるように沈黙する。
「お前は自分の利益のために、人を殺せる女だ」
魂は言葉を失う。
その存在——かつての仲間——は、死を越えて、妖怪を作る者になった。
そして今、彼女を『妖怪』にしようとしている。
「お前は生きたかったのだろう? 生かしてやろう。お前を作り直す。それはお前が望んだこと。『わたしの隣に立つがいい』、だろ?」
かつて自分が口にした言葉がなぞられた。
空気を切り裂いて、魂は叫ぶ。
「それは違う! それは、わたしじゃない!」
銀鶴がささやく。
「でも、それはあなたの『願い』だった。誰かに必要とされること。誰かに愛されること」
魂は泣く。
それは後悔か、赦しを求める涙か。
羽は、彼女の涙を包むように、静かに舞った。
「お前は、自分に優しすぎた。だから死んだ」
彼女の魂は、風の中で震えていた。
助けたかった。
でも、生きたかった。
その矛盾が、羽根を濁らせ、仲間を殺し、自分も死に至らせた。
「だから、作り直して完成させる」
かつての仲間——今は妖怪を作る者——は、彼女の遺体に手を伸ばす。
羽根を裂き、銀鶴を縫い合わせ、魂を引きずり出す。
「お前は、踏みつけられることを恐れていた。でも、風は選ぶ。誰を守り、誰を切り捨てるか。その選択に迷いは要らない」
彼女の目が開く。
銀鶴が静かに舞う。
その羽根は、かつての仲間の声をなぞらない。
代わりに、命令を待つように空気を裂く。
「わたしは、誰かのために生きたかった。」
「なら、誰かを踏みつけてでも、生きろ。それが、お前の『完成』だ」
彼女は、風を呼ぶ。
その風は、もう優しくない。
鋭く、冷たく、選別する風。
そして、彼女は笑う。
「わたしは、完璧になる。誰かのために、誰かを捨てることを、恐れない」
風は、彼女のことを忘れたように吹き抜けた。
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