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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
R15版。暴力・性的ニュアンスありバージョン

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第84話  妖怪制作⑤ 鶴女房 ~風を選ぶ者~ 前編

1/3

 


 そこに立つことは少しばかり気が重かった。

 『誰』が『居た』かを知っているからだ。

 全体を俯瞰する上空からの映像であってさえ、彼女の存在は目を惹きつけるものだった。


「確実に『ネームド』案件なんだよな」

 能力・実力ともに、群を抜く人物だった。


「完全主義が痛かったけどね」

 思い出して、微苦笑が出た。

『妖怪』たちも「あー、わかる—」って顔をしている。


 ◆42階層の追憶◆


「目に入るだけで、虫唾が走るわ」


 戦闘後、魔力の補充のために引きずられてきたカルマ。

 その姿を見た瞬間、鋭い声が空気を裂いた。

 怒鳴っているわけではない。

 けれど、その声音は、氷の刃のように鋭く、冷たく、拒絶を突きつけてくる。


「なんで、こんな半端者に頼らなきゃいけないのよ。ポーションで充分。いいえ、それすらいらないわ」


 声は静かだが、言葉の一つ一つが毒を含んでいた。

 その毒は、足元からじわじわと空気を濁らせていく。


「今すぐ同じ規模の戦闘が起きたって、魔力切れなんて起こさせやしない。私は、アンタたちとは違うのよ」


 数を頼る必要もない。

 数発で息切れするような魔力量でもない。

 無駄撃ちするような愚かさもない。

 そう言っている。


 事実だ。

 誰も否定できない。

 だからこそ、場の空気は重く沈んでいく。


『あなたたちとは違う』―― その言葉は、カルマだけでなく、彼を連れてきた者たちにも突き刺さる。

 まるで、同じ空気を吸うことすら不快だと言わんばかりに。


 彼女は、いつもそうだった。

 魔法の精度、詠唱の速度、魔力の配分。

 すべてにおいて『完璧』を求める。

 それが当然だと信じて疑わない。

 だから、少しでもミスをした者には、容赦がない。


「・・・それでも、これは学校のルールよ。従いなさい」


 レイド全体のサブリーダーが、冷たく言い放つ。

 彼女は、わずかに唇を噛んだ。


「・・・くっ、さっさと済ませなさい」


 ガシッ。


「・・・ッ!」


 無造作に踏み出された足が、カルマの胸を強く圧した。

 蹴ったわけではない。

 けれど、意図的でないとは言い切れない。

 その重さは、ただの偶然にしては、あまりにも『的確』だった。


「あら、ごめんあそばせ」


 顔はそっぽを向いたまま。

 謝罪の言葉は、まるで『踏んだ靴の泥を払う』ような軽さだった。

 カルマの存在など、最初から視界にない。

 ただの『靴拭き布』として扱われている。


 その後、足の動きはゆっくりになった。

 けれど、それは気遣いではない。

 ただ、魔力の流れを整えるための『作業』に過ぎなかった。


「魔力量だけは、アンタに勝てないわね」


 他のすべてでは、勝っているけど。

 比べるまでもないけど。

 言葉にされない蔑みが、空気を震わせる。


 彼女の『完璧』は、誰のためでもない。

 ただ、自分が『正しくある』ためのもの。

 だからこそ、誰も彼女に近づこうとしない。

 その孤高さは、まるで刃のようだった。


 ◆比翼連理◆


「詠唱、あと三秒!」


 小夜の声が震えていた。

 焦りと恐怖が混ざった声だった。


 仲間の盾役が、巨大なダンゴムシの突進を正面から受け止める。

 その衝撃で地面が軋み、盾が悲鳴を上げる。

 横ではカマキリの鎌が魔法使いの杖を弾き飛ばし、空には蜂の群れが広がっていた。

 カナブンの羽音が、耳の奥を刺すように響く。


 その瞬間、小夜は悟った。

 これは、もうダメだ。崩れる。


「鶴よ、舞って・・・!」


 風を呼ぼうとした。

 けれど、風は乱れた。

 羽根は空中でばらばらに散り、魔法は形にならなかった。

 詠唱が終わる前に、鋭い痛みが胸を貫いた。

 蜂の針だった。


 視界が揺れる。

 仲間の叫び声が遠ざかっていく。

 目の前には、白い羽根が舞っていた。

 それは、彼女の魔法スキル『銀鶴』が暴走し、彼女の命を守ろうとした痕跡だった。


 虫たちは去った。

 仲間たちは倒れていた。

 小夜の体の上に、羽根が円を描いていた。


 呼吸は浅く、心臓の鼓動も弱々しい。

 それでも、意識はまだ残っていた。

 彼女は、ほんの十数時間前のことを思い出していた。


 あのとき、自分は仲間を死地に送った。

 本人には何も告げずに。

 その作戦が『戻れない』ものだと、彼女以外の全員が知っていた。

 そして、『彼』は消えた。

 結果だけを残して。


 小夜は知っていた。

 止めることもできた。

 でも、しなかった。

 見て見ぬふりをした。

 考えるのをやめた。


「生きるために仕方なかったのよ」

 そう自分に言い聞かせた。

 風の中に閉じこもって、耳を塞いだ。

 でも、わかっていた。

 それが言い訳にもなっていないことを。

 自分が『聡明』と呼ばれてきたことを思い出すたび、胸が痛んだ。


 本当に生きたいだけなら、挑戦なんてやめればよかった。

「無理でした」って言って帰ればよかった。

 でも、やめなかった。


 なぜか?

 全体のため?


 違う。

 それは建前だった。


 本当は、欲しかった。

 初のダンジョン制覇という称号。

 それに付随する富と名声。

 将来の保証。

 輝かしい未来。


 そのために、仲間を犠牲にした。

 自分の私欲で、誰かを死なせた。


 彼女の魔法は、それを知っていた。

 風は、彼女の心を映す。

 詠唱のたびに、魔法は彼女の欺瞞を見抜いていた。


 そして、最後の戦い。

 彼女はまた、生き延びようとした。


「今度だって、死なない。生き延びてみせる」


 そう願った、その瞬間だった。

 蜂の針が、容赦なく胸を貫いた。


 あっけなかった。

 逃げた意味も、裏切った理由も、風にさらわれて消えていった。

 栄誉も、富も、未来も。

 すべてが、彼女の体と一緒に崩れ落ちた。


 彼女の魔法『銀鶴』は、かつては優雅だった。

 鋭いくちばしと細い首で敵を貫き、翼で斬り裂く。

 その姿は、誰かが『銀色の鶴』と呼んだほどだった。


 けれど今、その羽根は重く、濁っていた。

 それは、彼女の執着と後悔の残響だった。



読了・評価。ありがとうございます。


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