第81話 裏切られる巫女 ~祈りを失った者の問い~ 後編
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「・・・ああ、そうなのね」
その呟きは、誰にも届かなかった。
けれど、彼には届いていたのだろう。
予想していたのではない。
予想されていたのだ。
最小の犠牲で最大の戦果を。
それが、私たちの『正義』だった。
その正義のもとで、彼は命を捨てさせられた。
だが、彼の魂は腐らなかった。
怒りと憎しみと絶望が、彼を膨らませた。
そして、彼は『神』になった。
彼は、裏切られた魂を集めていたのだと思う。
その中でも、志乃は特別だったに違いない。
祈りを封じられ、未来を奪われた巫女。
手に握らされた石は、祈りを封じるための楔。
その光が灯った瞬間、彼女の未来は閉ざされた。
「手足が吹き飛ぶ程度の威力しかなかったんだね?」
カルマの言葉は、彼女の力のなさを嘲るものだった。
覚悟のなさを、暴くものだった。
志乃は、かつて『不要な術の行使』を嫌った。
魔力は限られていた。
だから、無駄にしたくなかった。
カルマの『無限魔力』は、彼女にとって羨望であり、恐怖だった。
だから、彼を遠ざけた。
だから、彼を見捨てた。
そして今、私は祈りを呪いに変えられた。
手も、足も、もういらない。
それは、裏切られた証。
それが、彼女が『達磨』である理由。
流されて、流されて。
それでも、ここに戻ってきた。
私は、祈る者だった。
風に願いを乗せ、剣に福を宿し、命の灯を守ろうとした。
けれど――
私の祈りは、裏切られた。
私を守るはずの者たちが、私の祈りを盾にして、私を差し出した。
そして私は、達磨になった。
その過程で、記憶が流れ込んだ。
私を裏切った者の顔。
私が祈った者の死。
そして――私の祈りが、誰かを裏切っていたこと。
裏切りは、誰か一人の罪ではない。
それは、恐れが形を変えただけのもの。
私も、誰かの恐れに加担していた。
だから、私は恨むのをやめた。
恨みは、私に還ってくる。
私は、自分を恨みたくない。
代わりに、私は『淀み』になる。
人として死に、妖怪として蘇り、ここにいる。
生と死の境界にいる者として、領域を越える者に問いかけよう。
――存在を歪めてまで、何を得たいのか?
――それは、本当にそこまでする価値があるのか?
本当に?
◇達磨として覚醒◇
私は達磨。
祈りを失った祈る者。
恨みを手放した、問う者。
そして今、静かに歩き出す。
私は、もう人間ではない。
祈りを捧げる巫女でもない。
誰かのために命を軽くすることも、誰かの願いに寄り添うことも、もう、しない。
私は知っている。
人間は恐れる。
恐れから逃げるために、誰かを差し出す。
その連鎖の中で、私は裏切られた。
でも、私はその連鎖を断ち切る。
恨みではない。
これは、選択だ。
私は、人間の敵になる。
それは復讐ではない。
私は、祈りを呪術に変えた。
それは、私の意志。
誰かに命じられたものではない。
『彼』の配下として歩むのは、私が選んだ道。
私は知っている。
私を殺したのは、『彼』だ。
直接ではない。
でも、彼が命じたことではある。
私を、ではないにしても。
彼の怒りが、私を裏切りへ導いた。
彼の呪いが、私の死を呼んだ。
だから、私は彼を憎むべきだった。
でも――
私は、彼に惹かれてしまった。
こんな身になってわかる。
彼の孤独、痛み。
私は、自分もまた裏切り者だったことを知った。
彼は私を壊した。
でも、私を拾ったのも彼だった。
それは、再生。
歪んでいて、冷たくて、でも、確かに私を『生かした』もの。
私は、彼に恋をした。
それは、乙女の恋ではない。
それは、死者の恋。
彼の孤独を知って、自分の冷たさに気付いたからのぬくもりと焦がれ。
痛みを知った者だけが抱ける、静かで、燃えるような情熱。
彼の孤独に触れたとき、私はようやく祈りの意味を知る。
彼の配下になるとき、私は震えた。
それは恐れではなく、彼の孤独に触れられる喜びだった。
私は達磨。
彼に殺され、彼に拾われ。
そして今、彼の影となる。
私は、もう祈らない。
願わない。
救わない。
冷たい?
そうかもしれない。
でも、冷たさは、裏切られた者の最後の誇り。
私は、もう揺れない。
私は、もう迷わない。
私は、ただ、問いかける。
あなたは、なにを求めてここへ来た?
なにを犠牲にしてでも、来なければならないほどのこと?
答えられるのなら、実力で示せ。
答えられないのなら、一人死んで逝け。
誰かを裏切ることも、誰かに裏切られることもないうちに。
私の名前は『達磨ふよう』。
不要と呼ばれた私が、今は浮かび上がる。
祈りの残骸として、問いかける者として。
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