第79話 妖怪制作④ ~つんぷく達磨(曽根崎志乃)~ 忘れられた玩具の記憶
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「おっ」
カルマが足を止めた。
朱が滲む水面に、ゆらりと浮かぶ白い影。
その中心に、女がひとり、静かに揺れていた。
「つん、ぷく。つん、ぷく」
水の深みに沈んでは浮かび、また沈む。
まるで、誰かに遊ばれたあとの人形のように。
「・・・曽根崎志乃先輩、じゃないですか」
カルマは水辺にしゃがみ込み、長く濡れた黒髪をそっと引いた。
髪に引かれて、彼女の身体がゆっくりと水面から現れる。
赤く染まった白小袖が、かろうじて形を保っていた。
だが、その下にあるものは、すでに『人』ではなかった。
あったはずのものが、ない。
手も、足も、どこかへ消えていた。
水に沈んだ赤い袴が、彼女の過去を象徴するように揺れている。
それでも、カルマの目は冷静だった。
彼が見ているのは、肉体ではない。
そこに刻まれた記憶と、可能性。
「再生・・・いや、いらないな」
彼は微笑んだ。
「このまま、ダルマさんにしよう」
曽根崎志乃。
闇と土の魔法を操る中級探索者。
かつては主力の一角だった。
「なのに、なんで・・・?」
カルマが首を傾げると、しらゆきが答えた。
「ドロップアイテムの回収だけだったからよ。ボス戦がないなら、力は要らないって。彼女、無駄な魔力の使用、嫌ってたでしょ?」
吐息のような笑いが、冷たい空気に溶けていく。
妖怪たちが、静かに頷いた。
カルマには、信じがたかった。
なぜなら、彼女はいつも――
「・・・ポンポンと、術をかけてきてたけざね―?」
彼の声に、わずかな棘が混じる。
それは怒りではない。
ただ、記憶の中で何かが軋む音。
水面に浮かぶ志乃の姿は、まるで忘れられた玩具のようだった。
誰にも必要とされず、誰にも惜しまれず、ただ沈んでいく。
その身体に刻まれた痕は、語らない。
けれど、確かにそこに『何か』があったことだけは、カルマの目が知っている。
「ようこそ、舞台へ。志乃先輩」
彼はそっと手を差し伸べた。
その手は、まるで壊れた人形を拾い上げる子どものように、優しく、無邪気だった。
◆ダンジョン42階層の追憶◆
(回想シーン)
「立っていると疲れるでしょう? 座ってもよろしくてよ」
くるしゅうないわ。
涼やかで、どこか芝居がかった声が、空間に響いた。
ここは42階層の中級ボスルーム。
すでに討伐済みで、次のリポップまでは10時間。
柱状石が林立する、静かで美しい空間。
だが、今はその静けさが、逆に不気味だった。
「・・・」
カルマは、言われるままに座る。
空気を読んで、正座を選んだ。
「あらあら、なにも正座することはありませんのよ。座禅でお願いしますわ」
座禅――けっかふざ?
音しか知らない。
あぐらでいいだろう。
「座りましたわね? もう立つには及びませんわ」
シャン。
鈴の音とともに、祝詞が紡がれる。
――動かない。
足が、重い。
空気が、砂のようにまとわりつく。
肺が圧迫され、呼吸が浅くなる。
「立てないと、歩けませんでしょう? 飛ぶとよろしいわ」
控えていた信徒が二人、前に出る。
カルマの腕を水平に引き上げる。
「あなたの腕を飛行機の翼にして差し上げます。水平に、ね?」
シャン。
腕も、動かなくなった。
まるで、見えない糸で操られる人形のように。
曾根崎志乃。
加護と呪いを操るバッファー。
味方には祝福を、敵には呪詛を。
その力は、戦況を支配する。
「ほら、何か言ってごらんなさいな?」
シャン。
「志乃さまのお言いつけだ。なんか言ってみてくれよ?」
「無視はだめだぞ!」
信徒たちが、左右から囁く。
だが、カルマは答えない。
答えられない。
目は見える。
耳も聞こえる。
意識はある。
だが、声が出ない。
筋肉が動かない。
沈黙が、口を塞いでいた。
「それでも答えないか」
「よし、飛ばしてやろう! 気分が上がれば、口も軽くなるさ!」
左右に広げられた腕を、信徒たちが肩にかける。
カルマの体が、持ち上がる。
人間の身体は、水平に腕を保つようにはできていない。
筋肉が引き伸ばされ、関節が軋む。
だが、呪いで固定された体は、悲鳴すら上げられない。
「おお、障害物だ!」
「いかん、よけろ!」
柱状石に向かって、わざと走る。
カルマの体が、まるで荷物のようにぶつけられる。
ゴン。
衝撃が、全身に響く。
痛みは、ちゃんと届く。
それだけは、奪われていなかった。
声を上げることもできず、ただ、痛みだけが確かだった。
「――—、――――」
澄んだ声が響いた。
神々しく、冷たく、どこか祝詞のような響き。
きっと、加護の呪文。
信徒たちへの。
「投げてごらんなさいな。飛べるかどうか、見てみましょう」
見なくてもわかることを、あえて提案する。
それは、確認ではなく“儀式”だった。
カルマ飛行機は、当然に墜落した。
腕は水平のまま、体は無様に地面へ叩きつけられる。
「飛ばないようですわね。飛ばない翼は、ただの飾りですもの。いらないのではなくて?」
腕の呪縛が解かれる。
『たたんでよろしい』――つまり、腕を組めということ。
カルマは胸の前で腕を組んだ。
その瞬間――
シャラーン。
鈴の音が転がる。
再び、腕が固定される。
今度は、胸の前で。
「さっきは悪かったな」
「遊ぼうぜ?」
信徒たちが笑いながら、カルマを持ち上げる。
積み上げられた木箱の上へ。
50×50×50の箱が五段。
その上に、飾りとして置かれる。
「ようし、『カルマ落とし』だ!」
「民芸品かよ!」
アイテムボックスから取り出されたのは、柄の長いハンマー。
笑いながら、彼らは『遊び』を始める。
カルマは、ただの飾りだった。
笑いのための道具。
舞台に置かれた、忘れられた玩具。
「楽しそうね」
志乃が、クスクスと笑う。
その笑いは、鈴のように転がる。
祝詞のように響く。
誰かの尊厳を祓うための、冷たい音。
カルマの上に、笑い声が降る。
彼は転がっていた。
いいかげんに積まれた木箱は、二段目がうまく抜けなかった。
だから、落ちきれなかった。
だから、壊れきれなかった。
カルマは、そのまま放置される。
帰る直前まで。
誰にも触れられず、誰にも気にされず。
忘れられた玩具のように。
ただ、そこに置かれていた。
◇カルマの工作室◇
「妖怪化するとして・・・どうしようかな?」
河童なら甲羅と皿。
雪女には雪虫。
垢嘗めには似合いの制服。
泥田坊には泥を塗りこみ、ウシガエルというお供もつけた。
さて、『達磨』には何が必要か?
「どう、思う?」
同じく喪失系妖怪のテケテケに聞いてみた。
達磨は手足だが、テケテケは臍の上から下がない。
「・・・移動力・・・?」
ジトっとした目で、ボソッと返された。
うん。予想通りの答えだ。
手足を補う妖怪を作ればいいよね。
Bランクの『人間の体の一部』妖怪だ。
「はい。完成!」
パパっと作ったのは『腕だけ』と『足だけ』だ。
伝統的な妖怪『手長・足長』の派生妖怪ってことでいいだろう。
ついでで作るのは、『オケオケ』。
テケテケを乗せる、女性の下半身型支柱妖怪。
誰の下半身かは不明。
『園田裕子』の下半身は失われてるし・・・。
データから復帰は可能だけど・・・余ってたので使わせていただく。
読了・評価。ありがとうございます。




