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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
R15版。暴力・性的ニュアンスありバージョン

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第78話 抜け出せた者たち ~触覚だけの世界へ~ 後編

1/3

 


 男が食われている間に逃げる腹積もりだったのだ。

 蹴られたのが顔でさえなければ、63階層までは一緒に行動することもありえたかもしれないが、顔はない!


「爆弾男とでも仲良くするがいいさ。もっとも、あたしがアイツなら、やっぱ顔面蹴り飛ばすけどね!」

 毒を吐いて踵を返す。


 サソリの横を通る気にはなれない。

 遠回りにはなるが、反対側の通路から逃げようというのだ。


「イタっ!」

 駆けだそうとしたとこで、つんのめった。


「なによ、コレ!?」

 変なでっぱりがあることに気が付いて眉を寄せる。


 ブヨブヨしているようで弾力のある『ナニカ』だ。

 周囲が妙にテカテカしていた。

 ネバついているようにも感じる。


「なにかが這った跡?」

 首を傾げそうになって頭を振った。


 そんなヒマはない。

 サソリがエサに食いついているうちに、できるだけ遠くへ逃げなくてはならないのだ。

 ネバついているところを避けて走るルートを見定め、走り出・・・せない。


「ぐっ、ぐぅぅ・・・!」


 背中に、ぬるりとした『ナニカ』が覆いかぶさる。

 重さと粘り気が、膝を沈めさせ、肺を圧迫する。

 呼吸が浅くなり、体温がじわじわと奪われていく。


「ひ、ひゃっ・・・!」


 服の隙間から、冷たい感触が滑り込んでくる。

 それは水でも風でもない。

 もっと生々しく、もっと執拗な『何か』。


「あ、くっ・・・や、やめ・・・!」


 背筋を這う感覚に、思考がかき乱される。

 逃げなければならないのに、力が入らない。

 体が、言うことをきかない。


 べちゃっ。


 一瞬、全身の力が抜けた。

 床に崩れ落ち、背中を完全に覆われる。

 体の芯が、じわじわと溶けていくようだった。


「あ、や、ヤバ・・・!」


 焦りが喉を詰まらせる。

 拳を握りしめ、振り上げる――


 グニッ。


 拳は、柔らかくも弾力のある『ナニカ』に沈んだ。

 ヌルヌルとした感触が、力を吸い取っていく。

 まるで、拒絶すら許さないように。


「や、やだ・・・っ、あ、ふ・・・!」


 頭は逃げろと叫んでいる。

 けれど、体は震え、熱を帯びていく。

 冷たさと熱が交互に押し寄せ、感覚が混線する。


 笑いとも、喘ぎともつかない声が漏れた。

 目は見開かれ、全身が強張る。

 なのに、どこかが、じんわりと緩んでいく。


 視界が滲み、色が褪せていく。

 音が遠のき、匂いが消える。

 味も、痛みも、もうわからない。


 残ったのは、触覚だけ。

 背中を這う感触。

 肌を撫でるような、這い回るような、奇妙な刺激。


 それだけが、彼女の『存在』を証明していた。


「い、いや・・・こんな・・・っ!」


 怒りを燃やそうとする。

 だが、火はすぐに湿った感覚に包まれて消える。


「あ、ふ・・・っ」


 声が漏れる。

 それは拒絶ではなかった。

 恐怖と快楽の境界が、曖昧になっていく。


 もういいだろ?

 力を抜いて、目を閉じろ。

 結果は、変わらない。


 もがいても、もがいても、逃れられない。

 女の意識は、ゆっくりと闇に溶けていく。


 触覚だけの世界へ。

 巨大ナメクジが織りなす、ぬめる影の向こうへ。

 感覚が霧に包まれ、世界が遠ざかっていく。


 ◇観察者視点◇


「いやぁ、見応えがあったね!」


 カルマは、上機嫌に笑った。

 ウィンドウ越しに見ていた主力たちの混乱と崩壊。

 そのすべてが、彼の『演出』だった。


「緊迫感の中に笑いがある。裏切りの連鎖、ゾクゾクするよ!」


 その背後には、彼が作り出した『わたしたち妖怪』が静かに従っていた。

 それとも、『彼を作り出した元人間』が従っていたというべきだろうか?


 どちらでもいい。

 笑いながら歩くカルマの背中に、誰も声をかけることはできない。


 彼の狂気は、あまりに静かで、あまりに正確だった。


 通ったあとには、何も残らない。

 靴下一枚さえも残さず、すべてを『素材』として取り込んでいく。

 そして、妖怪として再構築する。


 それは、破壊ではない。

 再生でもない。

 ただの、演出。


 明らかに壊れている。

 精神が病んでいるのは、誰の目にも明らかだった。


 だけど――誰も、何も言えなかった。


『妖怪』として蘇らされた者たちは、沈黙していた。

 彼が壊れた理由のほとんどが、自分たちにあることを知っていたから。


 だから、何も言えなかった。

 だから、何も止められなかった。


 カルマの足音だけが、通路に響いていた。

 その音は、まるで幕の開く合図のように、静かで、冷たかった。



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