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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
R15版。暴力・性的ニュアンスありバージョン

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第75話 最前線攻略者たち④ ~光の中でほどける輪郭~ 後編

1/3

 


「・・・ねぇ、なに、これ?」


 静まり返っていた通路に、甲高い音が突き刺さる。

 金属を引きずるような、耳障りな音。

 それが、じわじわと近づいてくる。


「後ろ・・・?」

 誰かが呟いた瞬間、全員が振り返る。

 音は、確かに彼らが来た方角から響いていた。


「せ、戦闘用意!」

「え、モンスター? こんなとこに?」

「他に何があるってんだよ! あんな音、人間が出すわけねぇだろ!」


 慌てて武器を抜く。

 手が震えて、柄をうまく握れない。

 喉が渇く。

 心臓が、耳の奥で爆音のように鳴っている。


 そして――それは、現れた。


「・・・ウソだろ・・・」

「ムリだ・・・ムリムリムリ・・・!」


 通路の奥から這い出してきたのは、巨大な影。

 黒光りする甲殻、無数の脚、うねるように迫る体躯。『大百足』。

 62階層のフロアボス。


 体長は優に十メートルを超え、節のひとつひとつが人間の胴ほどもある。

 その一歩ごとに、地面が軋み、空気が震える。


 物理攻撃は通らない。

 魔法の連打でしか削れない。

 それも、熟練の魔職が揃っていて、ようやく倒せる相手。


 F班に、そんな力はない。

 武器はあっても、使いこなせる腕がない。

 魔法職は一人だけ。

 戦うには、あまりにも無力だった。


「に、逃げるぞ!」

「ど、どこへよ!? この通路、一本道だぞ!」

「知るかよ! とにかく走れぇぇぇ!!」


 誰かが叫び、誰かが転び、誰かが泣きながら立ち上がる。

 叫び声と足音が、通路にこだまする。

 背後から迫るのは、地を這う死神。

 その足音が、確実に距離を詰めてくる。



 先頭を駆け出したのは、リーダーだった。

「どこに?」の答えはない。

 ただ、目の前で最も広い通路を選んだだけ。

 それが、生き延びる確率を少しでも上げると信じて。


「おりゃあああああっ!!」


 叫びながら走る背中を、誰かが見送っていた。

 その視線は、冷静だった。


 メンバーが我先にと続く中、ひとり、そっと抜け出す影があった。

 自然な流れで最後尾にいた女性メンバー。

 気配を殺し、横道へと身を滑り込ませる。


「・・・がんばってね」


 その一言は、祈りではなかった。

 ただの、他人事。


 願いは叶った。

 ムカデは、彼女の潜む横道を通り過ぎていく。

 より多くの音と熱を持つ方向へと、興味を向けたのだ。


「長居は無用ね。お先に失礼するわ」


 そう言って、彼女は踵を返す。

 目指すは、ひとつ上の安全地帯――63階層。


 だが。


「・・・え?」


 足が、動いていない。

 いや、浮いている。

 地面に触れていない感覚。

 自分の足なのに、まるで他人のもののように遠い。


 視線を落とすと、床に赤い金属光沢が見えた。

 それは『尻尾』のようで、けれど尻尾ではなかった。

 何かを思い出させる色と形。

 破壊の象徴。

 一人で立ち向かってはいけない『存在』の気配。


「・・・え?」


 彼女の輪郭が、揺らいだ。

 まるで、熱気の中に立っているかのように。

 形が、崩れていく。


 息が詰まる。

 喉が鳴る。

 湿った音が、口から漏れた。


「エ・・・?」


 逃げなきゃ。

 そう思って、腕を動かそうとする。


 動かない。

 感覚が、ない。


「あ・・・え・・・そんな・・・」


 震える声が漏れる。

 けれど、痛みはない。

 それが、恐ろしかった。


 何かが、確実に『消えて』いる。

 大切なもの。

 命の根幹に関わる何かが、無造作に、静かに、削ぎ落とされていく。


 痛みもない。

 触れている感覚もない。

 神経が、まるごと断ち切られている。


 意識だけが、取り残されていた。


「あ・・・や・・・た、たすけて・・・」


 助けを求める声は、誰にも届かない。

 そもそも、求める相手は――ついさっき、自分で見捨てたばかりだった。


 今ごろ、彼らはもう遠くへ逃げているだろう。

 自分だけ助かろうとした彼女は、今、自分だけで何とかしなければならない。

 だが、それは――もう、叶わない。


 ゴトン。


「い、いや・・・いやぁ・・・」


 何かが落ちる音。

 視線を向けた先にあったのは、見慣れない『自分』。

 輪郭が、光の中でほどけていく。

 まるで、存在そのものが溶けていくように。


 ゴト、ゴト、ゴトン。


 音が続く。

 何かが、次々と剥がれ落ちていく。


 彼女は目を閉じた。

 これ以上、見たくなかった。

 認めたくなかった。


 そして、心のどこかで願った。

 せめて、最後のひとつも――早く、終わらせてほしいと。


 ・・・その願いが、届くことはなかった。


 通路の空気が、幕のように揺れていた。

 次の役者を迎えるために。


 ◇


『役立つ』者に、退場は似合わない。

 それは、かつて「役立たず」と呼ばれたカルマが、最も望まない結末だった。


 舞台に戻された『妖怪』たちが、それを許すはずもない。

 彼らは知っている。

 役割を与えられた者が、幕を降ろすには――演目を終えるには、演出家の許可が必要だということを。


 役に立つとは、誰のため?

 その価値を決めるのは、誰?


 もう、そんな問いを口にする者はいない。

 問いそのものが、意味を失った。


 幕は、まだ降りない。

 役者は、舞台に引き戻される。

 血を流しながら、心を削られながら、それでも立たされる。


 それが、カルマの迷宮。

 役立たずの烙印を押された少年が築いた、終わらない劇場。


 ここでは、役に立つ限り、生き続けなければならない。

 たとえ、魂が擦り切れても。



読了・評価。ありがとうございます。


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